原田隆行『痴漢外来』を紹介します。
本書を要約すると以下のような内容です。
この本に書いてある重要なことは次のようなこととなります。
①痴漢は犯罪であるが、同時に依存症という病気でもある。それ故に、再犯しないように治療する必要がある。
②なぜ痴漢は起こるのか。
③性的依存症の誤った治療の歴史と最新の治療法ー日本に巣くうフロイト信者への批判ー
この記事で紹介するのは①と②についてです。次の記事で③をとりあげます。
痴漢大国 日本の実態
法務省による痴漢件数
痴漢は女性にとって敵でしょう。
冤罪事件までも誘発することをかんがえると、男性にとっても敵です。
電車での痴漢は警察が認知しているだけで一ヶ月に十件ほどあるといわれています。
むろん、警察沙汰にしたくない人や性犯罪にあってしまったことを知られたくない人もいることを考えれば、実際に起きている件数はもっと多いのでしょう。
痴漢大国 日本といわれるように、日本の痴漢は有名です。
実は警察白書や犯罪白書のような国の統計には痴漢のデータがありません。
しかし、法務省総合研究所が二〇〇六年から二〇一四年までの全国の痴漢検挙数をまとめたデータがあります。
毎年約三五〇〇件から四五〇〇件の痴漢が検挙されている。つまり、一日十件。
日本はなぜ痴漢が起こりやすいのか?
以下の理由のためといわれています。
1 三大都市圏だけで一日に鉄道バスに乗る人は一〇〇〇万人以上。通勤通学をしている。平均乗車時間は六〇分という状況が痴漢行為を引き起こしやすくしている。
更に女性が社会進出をしたことで痴漢をしやすい状況になった。
2 ジェンダー法学者の谷田川知恵によれば、日本はは男性優位社会であるために女性をモノ扱いしやすい。*1
日本の犯罪者が治療されるようになったのはいつからなのか。
日本においては刑務所は犯罪者を収容していくための施設でした。
二〇〇三年に名古屋刑務所で刑務官の暴行事件が起こったのをきっかけに二〇〇六年「受刑者処遇法」が制定します。
これにより受刑者に対して「改善指導」が新たに規定され、性犯罪者や飲酒運転事犯者などを「治療する」ことが義務づけられるようになったのです。
それまではただ刑務所に入って、何らかの役をさせられていただけだったのですね。
このとき法務省の矯正局に勤務していたのがこの本の著者 原田隆行氏です。
氏は「性犯罪者防止プログラム」や「薬物依存離脱指導プログラム」の開発に携わっておられました。
痴漢犯罪者たちの素性は?
原田氏は自身の痴漢外来に治療を求めてきた人たちをもとにしたデータを紹介しています。
薬物依存患者と痴漢犯罪者とを比較しています。
データによると以下の通りです。
①平均年齢三十六。性的問題行為は二十代早期に開始され、五十代になると沈静化する。年齢による性欲の強弱があらわれているといえる。
②仕事も正業についており、既婚者で子供がいる人も多い。薬物依存患者は一度も仕事についたことがない人が多い。
③学歴が高い。
治療による効果はあるのか?なぜ治療が必要だといえるのか
性犯罪者全体の再犯率はたったの五%だった
治療の効果があるかないかの前に、そもそも性犯罪者の再犯率は五%だということをご存じでしょうか。
思ったより低い割合に驚かれた方も多いのではないでしょうか。
私も勝手にもっと高いのだと思い込んでいました。
しかし、これを痴漢や盗撮に絞ってみてみると、話は違います。
法務省のデータによれば次のようになっております。
痴漢の同種再犯率は執行猶予者で約三〇%、刑務所出所者で約五〇%となっている。
重い罪をかぶせると、再犯率が増えてしまう研究結果
更に見逃せないのは執行猶予者よりも刑務所出所者のほうが再犯率が高い!ということです。
ここでアメリカの犯罪学者リプセイ(Mark Lipsey)の研究を引きます。
彼によれば、全犯罪を対象とした研究では処罰のみでは再犯率は低下しないばかりか逆にわずかながら増加することがわかっています。
一方で、カウンセリングは一〇%ポイント程度再犯率を抑制することから、合わせれば三十%ポイントほど再犯率を抑制できるらしいのです。
また、カナダの犯罪心理学者ボンタとアンドリュースによる研究やアメリカの犯罪心理学者マッケンジーらによる研究でも認知行動療法によって再犯率が減少することがわかっています。
原田氏はここで「エビデンスが明確に示している事実は、性犯罪に対処するには、刑罰だけでは効果がなく、治療という選択肢を追加することではじめて、確実に再犯が抑制される」と書いておられます。
性犯罪者達への治療が必要であるといえる理由
我々一般人は性犯罪者らの「治療」ときくと、どうしても感情的になってしまいますね。
「こんな奴らのために税金を使うな!」や「こんな連中、一生、牢獄にとじこめておけ!」などとネットにかきこまれてあるのをよくみかけます。
ただ、法律上、彼らは死刑になるわけでもなく、執行猶予ですんだり、何年か刑務所に入っていれば出獄し、社会で生活するようになるわけですから、二度と性犯罪を犯すことのないようにしてもらわなければなりません。
原田氏が出したエビデンスを鑑みれば、やはり「性犯罪者たちを治療する」ということは必然だといえましょう。
実際、そうすることで再犯率が下がるというエビデンスがある以上、納得せざるを得ない事実ですね。
ちなみにここで行われる治療は「認知のゆがみ」をなおす認知療法らしいです。
ズンダブログの読者ならピンとこられた方もおられるかもしれません。
以前、紹介した『ケーキの切れない非行少年たち』でいわれていた治療法です。
この少年たちの場合はそもそも認知療法では対処できない事例を紹介していたわけです。
リンクを貼っておきます。よかったらどうぞ。
痴漢は依存症である。そして、自己責任論の無意味さ。
人間には理性を司る前頭前野と本能を司る大脳辺縁系とに分けられます。
前頭前野は人間の進化の歴史としては比較的最近つくられた部位らしく、人は本能に勝つことは非常に難しいということがわかっています。
つまり「意思が弱いから、アル中になるのだ!痴漢をするのだ!」という批判をしても無駄なのです。
それでは何も解決しません。
私ズンダが自己責任論を嫌っている理由は単純で、そういう人は人間の能力に期待しすぎだからです。
人間に無限の可能性があり、自力で何もかもを統御できると勘違いしているからです。
科学的に分かっていることは「人は自分のことを自由に操ることができない」という事実です。
そして私はその事実に立脚した上で解決策を求めています。
つまり自己責任論者の非科学的な態度が気に入らないわけですね。
依存症のメカニズム 条件付けとコーピングの二つを抑えよう
パブロフの犬
①心理学では、われわれの行動のあと、快感などの良い結果が伴えば、その行動が「強化」され、頻度が増加する。
②様々な状況(痴漢したときの満員電車や女子高生の存在など)が海馬と呼ばれる部位に記憶として蓄積されていく
③パブロフの犬の実験で有名な「条件付け」が為されてしまう。つまり、満員電車にのったり、満員電車を見ただけで、昔やった痴漢行為時の興奮が、心と体を襲って再び痴漢をしたくなってしまう。
こういうメカニズム(機序)になっていわけです。
これが依存症ひいては痴漢を繰り返してしまう理由の一つです。
コーピングというストレス発散のための対処法
そしてもう一つ、理由があります。
私たちは生きていくなかでいろいろな不安や苦痛を体験しています。そのネガティヴな感情を解き放つためにストレス発散として様々な娯楽や解消法をそれぞれの人がもっています。
この解消法を心理学用語で「コーピング」といいます。「対処」という意味です。
実は依存症に陥りやすい人はこの「コーピング」の数が少ないということが判明しています。
すなわち、ストレス発散のためにやれることがない人たちなのです。
私ズンダもインドアな人間なので、コーピングは少なかったりします。本を読んだりネットをやったりする程度でして、ちょっと危機感を覚えました。
痴漢を繰り返す人も性的快感のためだけという人は少ないらしいです。
コーピングのために痴漢や飲酒やギャンブルに耽ってしまうというわけですね。
確かに飲酒やギャンブルや痴漢などは簡単なんですよね。
酒→買ってくればいい
ギャンブル→パチンコやスマホのゲームで課金すればいいだけ
痴漢→触るだけ
今までコーピングを見つけられるような人生を送ってこられなかった人たちはこういった依存症に填まりこみやすいという一面があるといえます。
たとえば草野球が好きだ、という友達とかいませんか?
そういう人は大体、野球経験者だったりします。
でも、大人になってから運動経験のない人がいきなり草野球を始めようとおもうでしょうか?
少し敷居が高いですよね。
そう考えると幼少期から成人するまでの間に何かしらかのコーピングの元になる趣味をみつけておかないと依存症になりやすいのかもしれません。
さて、ここまでは痴漢犯罪の実態と原因と対処法について触れてきました。
明日はこの続きを紹介します。
内容は「性犯罪についてのフロイト心理学による誤った診断と時代遅れの日本の専門家たち」についてです。
原田氏による日本の似非心理学者たちへの舌鋒鋭い批判がくりだされます。
乞うご期待!
*1:ただこの意見に関して、私ズンダは間違っているとおもいます。というのも、痴漢においては確かに日本は例外的に有名ではありますが、性犯罪全体でみると他の国々よりも遙かに件数が少ないからです。
もしこの谷田川氏の説が正しいのだとすれば、他の国は「男性中心」な社会あるいは、そうででないのにもかかわらず、日本よりも性犯罪が多いと言うことになります。
そのため立論が間違っているといえるでしょう。エビデンスがない思弁的な発想だとおもわれます。
同時に原田氏も谷田川氏の説を援用しても痴漢犯罪が多い理由にはならないことに気づくべきです。
客観的にみると、やはり日本の過密な満員電車やバスに根本的な理由はあると思われます。これは第二章 「病気としての性的問題行動」からも説明できます。すなわち、日本の満員電車やバスは性犯罪を引き起こすしやすい。