去年今年と、アメリカはイランや中国に対して経済制裁を科してきました。
ではその「金融制裁」とは何なのか?
二月にでたばかりの杉田弘毅『アメリカの制裁外交』(岩波新書)を紹介していきます。
☆この記事を読むと以下のことがわかります
・金融制裁とは何か
・金融制裁の成功と失敗
・基軸通貨ドルの支配は続くのか
古代の経済制裁からアメリカの金融制裁へ
「国外適用」経済制裁の始まりは第一次世界大戦のイギリスから
経済制裁自体の始まりは古代ギリシャ時代のペロポネソス戦争だといわれています。
しかしこの本で取り上げられている「国外適用」を含んだ制裁は比較的最近のことです。
つい百年前、第一次世界大戦においてイギリスがドイツに対して行った制裁が「経済制裁」のはじまりです。
産業革命が興り、世界を支配するようになったイギリスはポンド支配による「モノ」ではなく、「お金の流れ」を止めることができるようになっていたのです。
イギリスはドイツへの全面禁輸制裁のため、ドイツと取引している第三国企業のブラックリストを作成し、英企業がこれらの企業と取引するのを禁じました。
これは英国法による英企業への命令でしたが、ドイツと取引がある外国企業への制裁でもあり、〈国外適用効果〉ももっていました。
つまり、外国の企業に対して、英政府が介入してきたということです。
その後、第二次世界大戦の連合国や冷戦時代のアメリカや朝鮮戦争などでもこういった経済制裁は行われてきました。
この延長線上にあるのが、アメリカのドル決済と金融システムを利用できなくする「金融制裁」です。
金融制裁を食らうと商売ができなくなる
たとえば私ズンダがA君に対して「100万、送金する」といえば、銀行からA君にお金が振り込まれますね。
しかし、「金融制裁」とはこの送金をストップさせることができます。
こうすると、私とA君との売買が成り立たなくなってしまい、商売ができなくなります。
これが国単位で成り立たなくなると考えてみて下さい。
とんでもない被害になりますね。
ドル決済はニューヨークの連銀を通さなければいけません。
その取引情報は、アメリカ政府の管轄下にあり、違法な組織や国との銀行取引を阻止させることが可能なのです。
1 アメリカによって制裁された国はドル決済での銀行取引が不可能になる
2 制裁された国と取引をした他の国も制裁対象国となる。
要するに、制裁対象国は孤立してしまうということですね。
日本が金融制裁を受けたら?
日本はドル決済で石油を購入しています。
なぜかというとドルが基軸通貨といわれるように、世界でもっとも利便性のある通貨だからです。
1 ドルは最も世界で使われている
2 世界で信用されている
もし仮に日本が金融制裁の対象になるとしましょう。
すると、石油が買えなくなります。
経済産業省によれば、日本の場合、原油自給率は0.4%しかありません。
残りの99.6%が輸入に頼っています。
となると、ドル決済が金融政策に封じられるとなると、単純に考えて、99.6%が手に入らなくなることを意味しますので、死活問題です。
※実際はこんな単純ではない、はず。
お金の移動が止まり、売買ができなくなるからです。
これが「金融制裁」の恐ろしさです。
金融制裁は成功しているのか、失敗しているのか
そもそも、なぜ「金融制裁」をするのか
制裁の目的は以下の通りです。
1 国際的な紛争や対立が起きた際に「敵国」の経済力を削ぐ
2 核兵器の開発・拡散を防止する
3 人道や民主化を促進する
4 テロ組織を罰し、再発を防ぐ
5 他国の領土侵攻など国際法違反を罰する
なるほど、一応、筋が通っていますね。
金融制裁に効果はあるのか
米国のシンクタンクCNASが二〇一六年八月に発表した
報告書「経済戦争の新たな道具」をみてみましょう。
この報告書によれば次のように結論づけています。まとめます。
成功は九カ国 全体の三六パーセント
中央アフリカ、ギニアビサウ、ホンジュラス、イラン、リビア、コートジボワール、ミャンマー、ナイジェリア、ウズベキスタン。
また、テロ組織であるイスラム国も壊滅状態になった。
「成功でない」国々
キューバだけが判断がつかないとされているそうです。
短期的な目標に関しては「成功」したが長期的に見ると「失敗」した
さて、成功したといわれているものですが、実は短期的な効果を得ただけで、長期的には「失敗」したといえる国もあります。
たとえば、北朝鮮とアメリカとは対話に至ることができましたが「非核化」は果たせていません。
また、リビアはカダフィ政権は倒れたものの、内戦状態になってしまい、混乱したままです。
CNAS報告書の評価は甘いと著者である杉田氏はいっておられます。
なぜかといえば、上にあげた「制裁の目的」が達成されていないからですね。
2の核兵器の開発は終わっていないし、3もリビアの例をみればわかるように人道や民主化が進んでいるようにもみえません。
「金融制裁」は戦争による人的被害をなるべく少なくするという点では素晴らしい制裁だと言えます。
しかし、目的の達成はできていない。
これでは「金融制裁」に意味はあるのだろうか、アメリカの憂さ晴らしに使われているだけなのではないか。
そもそも、他国に「金融制裁」することが許されるのか、といった不平不満が噴出しています。
ここから、「基軸通貨ドル」の支配に対して、危惧がうまれてくるのであります。
アメリカによるドル覇権が崩れる日は来るのだろうか
基軸通貨の条件とは何か
では、なぜ、アメリカのドルはこんなに強いのでしょうか。
1発行国が巨大な経済を持つ
2通貨価値が安定している
3高度に発達した金融市場をもつ
4国境を越えた取引、移動が容易である
5強力な軍事力をもつ
アメリカの軍事力はストックホルム国際平和研究所の二〇一九年の統計によれば、米国の軍事費は六四九〇億ドルで世界の軍事費の三五・六%です。
二位の中国が一三・七%なので1・6倍です。
この条件を完璧に満たしている国がアメリカなのです。
そしてこれこそがドルの強みであり、ドル決済を封じられるということをきかざるを得なくなってしまう理由なのです。
ドル以上の通貨はない。
唯々諾々と米国に従わざるを得ない気持ちがわかるでしょう。
専門家によれば、このドル支配が終わることは今のところは考えにくいそうです。
ただし、各国はこの支配体制を従順に受け入れているわけではありません。
ドル支配に対抗しはじめた国々
アメリカによる「金融制裁」の無軌道な乱発や恐怖は多くの国にとっては脅威でしかありえません。
あるとき、突然、ブラックリストに入れられ、制裁を受ける。
その瞬間、商売ができなくなる。
アメリカの掌の上で転がされているわけです。
そんな状態がいいと思う国はないでしょう。
そういうわけで、ドルに代わる通貨を生み出そうと各国は歩み出しています。
・INSTEX(英国、フランス、ドイツ)
・CIPS(中国)
・INSTEXはユーロ建てやバーター貿易で決済をします。
アメリカがイランに制裁をかけたためにドル決済による石油の調達がしづらくなったために、作った組織です。
・CIPSは人民元での貿易決済や投資、資産の国境を越える移動を行うために二〇一五年から中国が開始したシステムです。
また、仮想通貨リブラなどもその一環といえましょう。
ブッシュ政権時に、北朝鮮に対する金融制裁の構図を考えた財務省のホアン・ザラーテは米国の金融支配は次のように衰えていく可能性あると述べています。
1仮想通貨や新しい仕組みで旧来の米国・ニューヨークを中心とす
る金融システムを使わない動き
2「ならず者」国家などが一緒になって米国の金融圧力を回避する
3米国の金融パワーを嫌う勢力が基軸通貨ドルの脆弱化を進める
アメリカのニューヨーク連銀を通さずとも貿易や投資を行えるようになれば、自然に米ドル覇権に綻びが生じ、徐々に求心力を失っていく。
そのとき、基軸通貨ドルの時代が終わるのかもしれない・・・・・・。
正に、「千丈の堤は螻蟻の穴を以て潰え、百尺の室は突隙の煙を以て焚く」ということでしょう。
僅かな油断や隙から全てが崩壊してしまう可能性がある。
「金融制裁」は「戦争」とは異なり、人命を即座に奪わない平和的な制裁ではあった。
しかしそれが、各国の経済を恣(ほしい)ままに脅かすとなれば、どの国も対策しないわけにはいかない。
基軸通貨ドルが安泰かどうかは、わからなくなってきています。
終わりに
今回紹介した本、いかがだったでしょうか。
基本的な全十一章で語られているのは次のことでした。
1 金融制裁の発祥や歴史
2 金融制裁の効果と弊害
3 ドルの未来
Googleで調べてみてわかったのですが「経済制裁」で調べても「金融制裁」ではあまりヒットしません。
ニュースをみていても「経済制裁」はよくききますが、「金融制裁」は稀ですよね。
『アメリカの制裁外交』と名付けられたこの本の中身は「金融制裁」のことです。
あまり知られていない「金融制裁」の実態とその効果、延いてはドルの未来まで語られており、アメリカの制裁内容について深く理解したい人にとっては優れた本だといえるでしょう。
では、またお会いしましょう。
ズンダでした。
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