前回からの続きです
この記事を読むと以下のことがわかります
☆サミュエル・スマイルズの訳書には抄訳版と完訳版があり、述べていることに差異がある。
『Self-Help』二つの訳書
ノウハウ本ではない
前回の記事でも述べたように『Self-Help』には『西国立志編』と『抄訳 自助論』という二冊の翻訳があります。
中村正直が明治時代に翻訳した『西国立志編』は完訳であり、竹内均が訳した『自助論』のは抄訳、つまり、竹内にとって興味深いところのみを訳したものです。
抄訳本の特徴
抄訳本は徹底的に成功の秘訣を説いたノウハウ本になっています。
スマイルズにとっては『立志』、すなわち、志を立てて、自分の人生を生きることに重点をおいていましたが、竹内は「人生で金持ちになって成功者になること」というふうにすり替えてしまっています。
つまり、「立志」という精神性の問題よりも「金持ちになる秘訣」を中心に抄訳されてしまったのが竹内均の『自助論』なのです。
それゆえ、スマイルズの原書にあったはずの「第一番序」と「原序」が省かれています。
スマイルズの思想とは何か
では、スマイルズの思想とはどんなものだったのでしょうか。
スマイルズは長老派という敬虔なピューリタンの信徒であった母に育てられます。
この派の思想では自助を次のように考えます。引用します。
みずからの職業を神からあたらえられた天職として受け止め、それを勤勉と努力によって全うすることをもって神の呼びかけに応えるものだとするプロテスタンティズムの職業倫理に基づいている
つまり、背景には宗教的な一種の信念があり、我々日本人とは異なることに注意が要るのです。
「神から与えられた職務」と自分の職業を考えている人など殆どいないでしょう。
もう一つの背景
更に抄訳版には書かれていないことがあります。
スマイルズがこの本を書いた理由です。
スマイルズは産業資本主義のなかで労働者や貧しい若者がどうしたら自立できるのかを考えていたというのです。
というのも、貧乏な少年工たちがみんなで集まって、勉強会をひらいていました。
スマイルズは彼らに講演依頼の打診を受け、引き受けています。
その中でスマイルズがいったことこそ、スマイルズが『Self-Help』で本当に伝えたかったことなのです。
この講演内容と同じ事をスマイルズは「原序」の中でいっているのですが、竹内訳では省略されています。
では、どんな内容なのかをみていきましょう。
スマイルズが伝えたかったこと
スマイルズが本来のべていたことを要約
もし人ただ[『自序論』という」表題によりて、セルフィッシネス(みずから私するの意)と混淆し、みずから私することを讃美するの書なり、と思うときは、作者の意とまさに相反することなり
ここで述べられているのは次のようにまとめられます。
・自分が努力して自立することは他人を貶めることではない。
・自分が努力することで、他人をも助けられるようになる。自分の利害だけを追求するために社会の連帯や他人を無視していいということではない。
・自助を尽くすことは他助につながる。相互扶助の精神が必要。
・他人を当てにすることも大事
・自助は成功を求めるものではない。
・結果が大事なのではない。動機が善いか悪いのかが大事
・成功は「天からの賜」であり、自分が努力したから手に入るわけではない。
・自己修養は人を追い抜くための手段や知的遊戯の道具になりがちだが、知識は物を売って金儲けをするための道具ではない
・立派な人格は[神によってつくられた]道義の秩序を各人が体現したもの
・貧乏は敵。人格を歪める。
日本のスマイルズ礼賛者とスマイルズとの違い
ここまでみてきたように日本の『自助論』讃美者たちがいってきたこととスマイルズ本人がいっていることには齟齬があります。
たとえば、竹中平蔵氏は相互扶助を「もたれあいの構造」「競争を排除する関係」だから自助に反するとして否定しています。
また、勝間和代氏は「人に頼ってはいけない」「楽をする前に汗をかけ」「金は人格なり」などをいって、「これだけ実行すれば成功しないほうがおかしい」などとスマイルが否定している自助を「成功するかしないか」の話に持っていってますね。
しかし、ここまで見てきたようにスマイルズは「利己主義」を否定しているのです。
よって、日本のスマイルズ信者たちのいっていることは間違っており、自分の思想にとって都合の良い解釈をしてしまっているわけです。
もちろんこれは、抄訳版を出した竹内均の責任もあるのでしょう。
宮崎氏はこの後、明治初めにあった正しい自助精神が失われていく過程を社会学者である竹内洋の説を援用しながら説明していくのですが、この記事では複雑になりすぎるので省きます。
問題はどうして1980年代にスマイルズの『Self-Help』が復活したのかです。
1981年、中村正直『西国立志編』が講談社学術文庫にはいります。
1985年、竹内均『自助論』が三笠書房から出版されます。
1980年代に秘密を解く鍵がありそうですね。
宮崎氏も指摘しておられる内容と同じですが、以前の記事をご覧頂ければわかります。
上の記事あるように、やはりサッチャリズム、レーガノミクスにみられるように高インフレを退治するためにサプライサイドの経済政策、小さな政府路線が敷かれたことが大きかったと言うことですね。
それが日本にも波及し、『Self-Help』が流行る土壌がつくられてしまったということです。
終わりに
二日間にわたって自己啓発がどうしてこれだけはやってきたのか。
そして、スマイルズが本当にいっていたのはなんであったかを紹介してきました。
私たちは自己啓発本を読めば、自分たちの人生が好転すると勘違いしています。
しかし、現実は自己啓発なんぞではどうにもならないということ、そして「個人が頑張れば世の中が変わる」という言説がどれだけ危ういものなのかを知っておくべきでしょう。
記事でも説明してきたようにこれが新自由主義者のワナです。
この背景を知らずして「自己啓発におどらされてしまっている」のが今の日本人であるといえましょう。
本当の問題は個人ではありません。
政治です。
私たちは政治を意識しないよう洗脳されてしまっているのです。
これは別に陰謀論でもなんでもなく、そういう政策があるということを知りましょう。
知識の問題です。
私は今まで自己啓発系youtuberなどをとりあげてきました。
彼らが果たしてこういう思想のもとで動いてるのかわかりません。
もしかすると、彼らは何も知らないのかもしれません。
しかし、中にはわかっていて動いている人間もいるでしょう。
それゆえ、常に自己啓発系には気をつけろ!と私は述べているのです。
彼らを支持していても、普通一般の人の生活がよくなることはありませんから。
我々の生活をよくできるのは政治です。
ではまた、お会いしましょう。
ズンダでした。
もう少し、勉強したい方々は↓の本をどうぞ。
新自由主義がもたらした弊害についてヨーロッパの状況から
かかれた本です。