古田 徹也『はじめてのウィトゲンシュタイン』 NHKブックス を紹介する!!

実に面白い本だった。興味のあるかたにはおすすめできる。
ヴィトゲンシュタインの伝記的な部分は僅かしかないが、
前期の『論理哲学論考』をサクッとまとめながら、後期の『哲学探究』を詳しく解説する。『論理哲学論考』の詳しい解説は下記の本に委ねられているようである。
前期後期との違いは「無意味」か「意味不明」かでわけられる。
私はこれをよんでいて、昔は後期のほうが好きだったが、前期のほうが今のSNS社会にとっては有益な哲学があるのではないかと思いながらよんでいた。
ここ数日のVtuber、博衣こよりの炎上を例に取ろう。
彼女の炎上についての誰が悪かったのか。何がまずかったのかというのはさておくとして、SNS上の多種多様な人間が混ざることで多くの文脈がうまれる。
しかし、その文脈は後期ヴィトゲンシュタインが重要視したものを遙かに超え出でてしまっているのではないだろうか。もはや人は文脈などという人知で測れない域に達しており、縦糸横糸が複層的に重なり、誰も文脈を追えない。
むろん、後期の「文脈」というのも私が普段から重要性を説いていたものだが、前期の「無意味」というのも捨てがたい哲学なのではないだろうか。多くの人は後期のヴィトゲンシュタインを評価するけれどもさ。
ところで読んでいながら前期と後期との違いがはっきりとかかれている構成にはなっているのだが、「前期と後期とで変わらない部分ってないのかな?」という感想も抱いていた。言葉について語るところは語っていないのだが、前期のままであるところが気になった。
たとえば、科学主義についての批判は後年の遺稿にも残っているのだとすれば、「説明」ということについて彼は前期もう後期もかわらなかったのではないだろうか。
私はこのVtruberの話だけではなく、昨今のビジネス用語である《言語化》について批判的な人間であり、ヴィトゲンシュタインが今の時代にいきていたら、どうおもっていたのかききたかったりする。
↓noteで私がかいたものだ。
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