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読書好きな弱者男性の管理人ズンダが古典、小説、批評文、経済、実用書、ガジェット、ゲームを中心に紹介するブログです。ご覧ください。Amazonのアソシエイトとして、当メディアは適格販売により収入を得ています。

2019/10/01 パーフェクトダーツをみていて、久々に面白かった話。

 二年ぐらい前からなのですが、ダーツにはまった私ズンダは、

毎週二三回ぐらいダーツ場に通い、ダーツを何時間も投げまくっているときがありました。

 

 期間は半年ぐらいで、そんなに上手くはならなかったのですが、ストレス発散と新しいことに挑戦したために満足感は半端なく、非常に気持ちがいい時間を過ごせた物です。

 

 自身でダーツを行うことは今はもうそんなにはありません。

 

 しかし、毎週のように行われているパーフェクトダーツが主催するダーツ大会はインターネット上でみております。

 

 これがめっぽう面白い。

 

 先週は、知野真澄VS浅田斉吾

 

 この二人の戦いが久々にみられて、本当に嬉しかった。

 

 知野選手は今年32歳(この試合の日が誕生日だった)ですが、若い頃から将来有望とされており、凄まじいほどにダーツがうまい若手プレイヤーとして有名でした。

 いつも準決勝や決勝まで残り、浅田選手や山田勇樹選手と鎬を削っておられました。

 しかし、ここ二年ほどは調子が悪く、あまり決勝戦でも目にしなくなっており、どうしたのかなあ、とおもっていました。

 

 その知野選手がついに先週の大会で浅田選手をくだし優勝。

 しかも、最後の試合で劇的な勝利を収めるというおまけつき。

 17、16、15のトリプルを何の躊躇もなく決めていき、浅田選手に何もさせないで試合を終わらせてしまいました。

youtu.be

 

 

 ここの21:51をみてほしいですね。試合が決まった瞬間です。

 強い知野真澄が帰ってきたと感嘆しました。

 

 ダーツに興味をもちはじめたころ、知野選手が秀抜なプレイヤーであることを知り、彼の動画をyoutubeで何本も漁っていたぐらいなので、やはり彼が勝つと嬉しい。

 知野選手は容姿も端麗でして、身長184センチもあり、顔は岡田将生ふうで、イケメンであります。

 

 そんな容姿もよく、ダーツもうまい知野選手に私ズンダは憧れを抱いていたものです。

 

 とはいっていますが、ここ二年の間は浅田斉吾の他を寄せ付けぬ圧倒的な力に魅了され、浅田選手ばかりを追いかけていた時期もあります。

 とにかく強い強い。

 知野選手も山田選手も彼を相手にすると、やはり差があるなと思わざるを得ないぐらい力量が異なります。

 

 山田選手は強面でときたまプレイが雑になったり、テキトーになったりするので視聴者コメントで批判されたりもするのですが、私はそんなに気にはなりません。

  

 特に雑になった理由などを彼は次のようにいっています。

 

負けがほぼ決まった試合で集中力を使うよりも、次の試合に力をまわしたほうが勝てる確率が高くなる。

 

 ダーツのプロともなれば、あらゆるところに自在にいれることができます。

 しかし、試合による緊張や重圧が原因で、プロであっても狙いを外してしまうことがあります。

 

 一回の試合で200回ほどは投げているのですから、集中力が切れるのもあたりまえでしょう。

 だからこそ、負けレグ(=ダーツはクリケットー501ークリケットのように試合が続く。ここでいう、最初のクリケットのことは「ファーストレグ」という。)はとっとと捨てて、次に切り替える必要があるわけですね。

 

 まあ、何はともあれ知野選手、優勝おめでとうございます。

 今年、結婚なさったので、これからもますますのご発展をのぞんでおります。

 

  いちおう、ダーツボードなどをしょうかいしておきます。

 しかし気をつけて頂きたいのは騒音です。

 ボードに矢がささると結構、音がなります。

 私は一軒家でプレイしているので大丈夫ですが、集合住宅だと何らかの問題になったりするかも。

 ↓気軽に友達や家族とダーツをして遊ぶことができます。自動採点機能や音声機能などがあるので、ダーツ場の機械に投げて遊んでいるような気分になれます。

 ↓私が前にかって、今も使っているボードです。特別な機能はなく、黙々と投げるためだけにあります。

 静音なので音は静かな方です。しかし全くきこえないかというと嘘にはなりますね。こればかりはしょうがないのかなあと。

 

 

 

 壁に穴をあけたくない方は下のを買いましょう。

ただし、変なところになげたり、あるいは床にダーツが落ちると傷ついたりするので、何らかのタオルを敷いたり、パッドをおいておくといいでしょう。

 

【感想】正義マンのやってることは暴力と変わらない。『善意と暴力』(幻冬舎新書)を紹介。

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イラスト屋


 

 

  今回は堀内進之輔『善意という暴力』の紹介です。
 
 初めに述べておきますが、この本の内容はいたって簡単です。
 

 

 


 第一章目と第二章目の要約
 

 ネットでよくみる炎上

 第一章と第二章でいいたいことは語り尽くされている本です。

 要約すると同時に皆さんに分かりやすく説明していきます。

 

 犯罪やネット上での炎上騒ぎが起こった後に部外者たちが「謝罪しろ、反省しろ!」という道徳観の上にたった善意によって相手に詰めよることがありますね。
 

 それは、「善意であると同時に暴力的」であるということを主張した本です。

 

 怒っている当の本人は「自分は正しいから人のことをいくら批判してもかまわない。社会から抹殺しても許される」と考えているんだけれども、それは暴力でしかない。

 それで満足してよいのですか?と問いかけています。

 

 更にそこからフーコー的な管理社会論を背景に、「政府や官僚に対して激怒している人が多い。が、気をつけるべきは明確な出来事ではなく、我々が意識することができない支配に対して気をつけるべきなのだ」というわけです。
 
 

 善意によって人を助ける正義マンの登場

 本を読んでいて「正義マン」という単語を思い出しました。

 この単語、軽減税率のおかしさを指摘する中で、ついに地上派デビューを果たしたようです。

 

 

コンビニのイートインを使う場合は十%。

           使わない場合は八%

 

 ずいぶん、変な税金のかけかたですね。

 そこで、地上派のテレビで「正義マン」という存在が紹介されたそうです。

 

 

「私は外で食べるから八%で!」といった人が、イートインで食べ始めたとします。

 すると、それをみていた人が、

「あいつ、嘘ついてますよ!店のなかで食べているから十%のはずです。脱税野郎だ!」と店員に申告する。

 こういう告げ口行為をする人のことを「正義マン」と呼ぶと紹介していたそうです。

 

 

 もともと、ネット発祥の言葉であります。

 この言葉の由来は以下のような事例からうまれました。
 
 

 電車で痴漢にあった被害者が「この人、痴漢です!」と叫ぶ。

 すると、警察でもない一般人が痴漢だとされた容疑者に飛びかかり、押さえつけたり殴ったりする。
 その結果、肋骨がおれたり、押さえつけすぎて死んでしまう出来事などが起こるようになりました。

 ネット住民はこういった己の正義感を満たすために強行にでる人間のことを皮肉って「正義マン」と呼ぶようになりました。

 

 

 

 勿論、痴漢した人間が悪いことは間違いないです。
 

 しかし問題は、「本当にその人が痴漢をしたのか」ということです。
 これに関しては現行犯逮捕をするか、もしくは裁判においての判決をまたねばなりません。
 
 それにもかかわらず、警察でもなんでもない一般人が一人の人間を取り押さえることは許されるのでしょうか。

 「善意に溺れて我を見失っている」のではありませんか。

 

 一方で、新幹線内で女性が暴行を受けた際、日本人の誰もが彼女を助けようとしなかったというウソのような実話もあります。 こういった場合、「正義マン」がいてくれれば、と思う方もいらっしゃるでしょう。 

 

 こういった善意や正義に浸ってしまう前に、冷静に考えてみることが大事ではないだろうか?ということがこの本にはかかれています。
 
 

 
 筆者の文章の書き方に不満がある。

 いいたいことが分からない。関連性の低い引用や脈絡のない文章が余計。

 

 さて、この本、表題やテーマは素晴らしいのですが、不満がないわけでもありません。

 目次をみると、第一章から第六章まであります。
 
 第三章と第四章の出来が非常に悪く、何を言いたいのか曖昧模糊としたまま進みます。

 

 P133の「保守論客ケント・ギルバート」のところは文章の始め方が悪く、意味をとりにくい。
 

 更に言うと、全体的に社会学者や心理学の実験などの引用が多すぎて、論旨が逆にとりにくくなっているきらいがあります。

 
 事あるごとに逐一、○○『△△△』(×××)という形式の引用が入るために筆者が何をいいたいのかがぼんやりしてきてしまうというわけです。明らかに引用癖のある文章です。
 その引用が論旨を補強するために必要なものであれば、当然なされるべきでしょう。
 しかし、たとえばP134の「追認バイアスの典型だ。宮台真司『権力の予期理論‐了解を媒介にした作動形式』」部分の引用などは、読んでいて「そんなことをいうために引用する必要なんてないだろ」と苦笑してしまいました。
 余計な引用が多すぎる。*1

 

 引用された本は、書店に通っている人間であれば目にしたことが多いはずです。
 というか、堀内氏が読んでいる本はこのブログでもとりあげたことのある内容であったり、私が読んでいる本だったりして、親近感はあるのですが、それ故に、あまり驚きがなかったりもします。

zunnda.hatenablog.com

 

 加えて、この本を読んでいて、メンタリストDaiGoの放送をみているような気がしました。
 というか、DaiGoの放送で足りるかも……。
 ある意味で言うとDaiGoが優秀なのかもしれない。
 
 

 引用が多い割に、中身は薄い
 
 

 もう少し語ると、あらゆる人間の社会的な行動や所謂、ネトウヨネット左翼(=パヨクとよばれている)も含めた背景には「善意」によって正当化された行動がある、という話なのですが、それを根拠立てて語ることの難しさがあったのかとおもいます。
 
 ましてや炎上に参加している人はネット人口の0・5%にしかすぎないという数年前の研究もありますから、0・5%を相手にするのもどんなもんだろ、という気もします。

 

 更におかしな点をあげます。
 
 P164に道徳哲学を教えるデヴィッド・デグラジアの話がでてきます。

 デグラジアは「モラル・エンハンスメント」という考えに賛同しています。
 これは薬を使うことで人の道徳性を強制的に高めることをいいます。

 そして、「モラル・エンハンスメントの結果、戦争や飢餓がなくなり、世界の全ての人が基本的な生活必需品にアクセスできると想像してみてください。人々の道徳的行動やそのような歓迎される結果のためならば、それを理由に、私は自由の減少を全面的に受け入れるでしょう」とまでデグラジアはいいます。
 

 これに対して、著者である堀内氏は次のような意味不明な批判をします。

 

 英紙「ガーディアン」は、世界にはいま約四〇三〇万人以上の実質的な奴隷がいると報じた。国連の調査では、十五~十九世紀の奴隷は一三〇〇万人程度だったから、ざっと三倍以上だ。そのうち二四九〇万人が強制労働をさせられている。(中略)デグラジアたちは、彼らのような状態に置かれている人から、二五%の自由度を減少させてよいというのだろうか。

  
 

 と述べるのです。
 私はこの部分を読んだときに「?」となりました。
 
 そもそも、デグラジアは道徳的な社会を求めている人間だからこそ、自由が制限されてもいいといっているのです。
 
 だとすれば、デグラジアの考えは次のように推論できるでしょう。
 
 

 ①奴隷状態は道徳性から逸脱しているから、奴隷の数を減らしたい。
 ②モラル・エンハンスメントを行えば人を奴隷にしようとする人たちの数も減らせるはずである。
 ③故にモラル・エンハンスメントを進めた方が、世界にいる実質奴隷下にある人々を助けることにつながるはずである。

 

 

 というか、推論などしなくても、デグラジアは「世界の飢餓や戦争をなくして、人々がみな生活必需品にありつくことができるようになる未来をつくりたい。だからモラル・エンハンスメントに賛同する」という、私からすれば、行き過ぎな理想主義的思想の持ち主なのです。*2

  

 それがどうしたら「デグラジアは奴隷下にある人々の自由を奪うつもりだ!」などというふうに解釈できるのでしょうか。

 デグラジアは奴隷状態におかれている人々を放置していいとおもうような人なのでしょうか。

 

 私はこの部分、明らかに牽強付会だとしか思えませんが。
 あまりにも杜撰な読み方ではないですか?
 人のホルモンバランスを変えてまで、道徳性に重点を置くような人間が、奴隷を認めるわけがないでしょう。
 ※無論、デグラジアが奴隷状態を認めているというのであれば、あってもよい批判ではある。だが、その場合、そこも引用すべきであろう。 

 

 自分に都合の良いふうに引用してしまうような読み方をするのであれば、引用数をもっと減らして、しっかりと読み込むべきでしょう。
 
 
 この本のとっちらかった感じは、多数の本に触れてはいるが、それをパッチワークのように貼り付けているだけだからなのかもしれません。

 

 それゆえ、第六章などになると、もはや読んだ本の羅列にしかすぎない文章が続き、結局、何をいいたいの?と問いかけたくなります。

 

 私はあなたの読書遍歴を知りたいわけではないのです。
 あなたのいう「善意という暴力」がどういったもので、そしてどう解決されるのか。あるいは解決されないのか。
 
 その考えを読みたいのであります。*3


 というわけで、散々いってまいりましたが、しかし、私はそれでも政治学者の書いた本というのは好きです。
 というのも単純に読みやすい。
 
 これが日本史の本などになると、非常に厳密に論を進めていくのですが、政治学者は抽象的に語るので、具体的な知識がなくとも読めてしまうからです。
 そこには細かさがない。
 
 ただ、この本は私にとっては退屈であったなあ、と。
 目次は確かにあるのに、項目を分ける必要があったのか、と最後に目次を見直して思ってしまった。

 コンニャクをずっと噛まされているような文です。

 本当は編集者が介入すべきではないんだろうか?

*4

 

 

 最初からAmazonレビューをみていればなあ、と悔やまれますね。

 前著をみればだいたい次の本も同じような水準なので買わないで住む。

 

 

 ということで、今回の記事はこれにておわりです。*5

 

 なんか、酷評してるようですが、「こんな本があるのか!」というのを知る分にはいい本です。橘令氏の本に似てるかも。

 

よかったらブックマーク&読者登録をおねがいします。

 

善意という暴力 (幻冬舎新書)

善意という暴力 (幻冬舎新書)

 

 


 
 

*1:本文を書き終わった後にwikipediaをみたら、畠山弘文明治学院大学における指導教官であり、東京都立大学院では宮台真司のゼミ生だったらしい。それで、この引用の謎は氷解された。

*2:私も自由や平等や平和は大事だと思うが、頭のなかをいじくられたいかといわれると嫌である。かといって、モラル・エンハンスメントを完全に否定できるかとうと難しい。

*3:ちなみに筆者の意見が強く出ているところが一カ所だけある。「動員されない、されても立ち直れる社会の仕組みとは?」である。それゆえ、この本もメッセージがないのかもしれない。

*4:Amazonで氏の前作『感情で釣られる人々』のレビューをみてみると、どうやら前からこういった癖のある人らしい。

*5:この文を書き終えた後、Amazonレビューをみたら、星5つをつけながらも、全く満足してない人の感想文があった。
 私ズンダの感想も突き詰めると、彼と同じようなものである

アルビオンのクリームを買って、さらさらの肌を手に入れたい。

 さて、ずっと前にメンズ用の化粧水やクリームの話をしたことを皆さん覚えておられますでしょうか。

 

 あれから二ヶ月ほど経ちました。

 

 当時、予告していましたのとは若干違いますが、アルビオンのクリームを買ったので、今回はその紹介。

 

 

 

 

 アルビオンの化粧品

 

 以下の製品になります。

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アルビオンのEXCIA renewing selection SV ER

 今回、店頭に向かったところ、キャンペーン中だったために「renewing extra rich milk」にこれだけの特典が!

 

 「女性の化粧品ってすんごいのね」と思わず口からでてしまうほど、多くサンプルをつけて頂けました。

 

 私ズンダはメンズですので、正直、化粧水と保湿クリームだけでいい、という人生を送ってきました。(しかし世の中にはつけないメンズもいるので、マシなほうだとはおもうのですが)

 

上から順番に商品名を紹介します。

 エクストラ フェイシャルコットン 20枚入り

 リニューイング エクストラリッチミルク 乳液 200g

 エクシア AL セルクラリティ クレンジングクリーム 20g

 エクシア AL リニューイングローション SV 化粧水 35ml

 エクシア AL リニューイング エクストラリッチミルク SV 35g

 エクシア AL セルクラリティ クレンジングクリーム 20g

 エクシア AL エターナルステム ノーヴァ クリーム 5g 

 

 いや、これは凄いですね。化粧水と乳液だけを買いに来た男にこれだけの別製品がつくとは。

 女性の方々はこれらを数ヶ月毎に買い換えて、継続して使っておられるのでしょうか?

 もしそうだとしたら、頭が下がります。

 どれくらいのお金がかかるんだろうか。

 

 しかも、これだけではありません。

 もう一つ、ついてきたのです。

 

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アルビオン  新作 フローラドリップのサンプル

 

 本当はこのフローラドリップを購入しようかと思っていたのですが、私ズンダの用途を説明すると、「乳液のほうがいいとおもいます」といわれて、今回は見送りました。

 アルビオンのクリームはさらさら、滑らかな肌触りでありながら、しっかりと肌に付着する感じがたまりません。

 今までの人生で多くの安物を試してきたのですが、ここ数年はやっぱり「アルビオン」がよかったなあと確信するに至っています。

 

 メンズのスキンケアについて 体系的なものが必要なときがきている

 

 メンズの皮膚のメンテナンスというのは何処までやったらいいのかわかりませんね。

 まだまだ未開発の分野というか蓄積がないせいで、何をするべきなのかを説明できる人が少ない気がします。

 

 たとえば、今回購入した商品には説明書が入っているのですが、メンズの私からしますと、首を傾げるところもあったりします。

 

 リニューイング ローション SV 化粧水

 〇乳液の後、コットンにティースプーン一杯分くらい(3ml)を含ませ、パッティングしながら顔全体に充分なじませます。

 

 という解説があるのですが、なんで「乳液の後に化粧水?」と思ってしまうのです。

 普通、乳液の前に化粧水ではないんだろうか?と。

 

 このあたりがいまいちわかりません。

 

なぜ、一流の男は肌を整えるのか?

なぜ、一流の男は肌を整えるのか?

 

 

 

 

男の身だしなみ 100の基本 (エイムック 3120)

男の身だしなみ 100の基本 (エイムック 3120)

 

 

 こういった本に、やり方がかいてあるのかなあ。

 

 以前にも書きましたが、一応、メンズ専門の化粧ブランドはあります。

 

 アラミス ラボシリーズというもので前にコットンを紹介しました。

 髭にひっかからないというメンズにとってはたいへん便利なコットンです。

 

 

アラミス ラボ シリーズ グルーミング コットン 100枚

アラミス ラボ シリーズ グルーミング コットン 100枚

 

 

 先月のメンズ雑誌 『UOMO』には編集員の方がクリニックへ行き、シミやくすみなどをレーザーでとってもらうという特集がされてました。

 化粧品で、なるべくシミやくすみをつくらないようにしつつ、根本点的な除去二関してはクリニックを使うというのが最善みたいです。

 

 いやあ、年取るとお金がかかりますね。年取るのっていやだわ、ほんと。

 

 しばらくはアルビオンをつかってこうかとおもいます。 

 余裕があったらクリニックへいきたいなあ。

 

↓自分がこういったもののお世話になる日は近いかもしれない。

 

年収数億円ともいわれる仮面youtuberラファエルがついに本を書いた『無一文からのドリーム』を紹介!

 

 

 

 仮面をかぶったyoutuberラファエル 彼は何者なのか

 

 待望ともいえるラファエル氏による自著『無一文からのドリーム』が発売されました。
 彼のファンも彼のアンチも、ラファエル氏がいったいどんな人物なのかを知るにはうってつけの本の登場です。

 ラファエル氏といえば、様々な炎上や過激なネタをやって、youtubeアカウントがBAN(アカウント停止のこと)されたことでも有名です。

 

 その彼の半生とはいかなるものであったのか。
 そこには彼がyoutuberとして羽ばたくための肥やしがあったはず。

 それをみると同時に、私ズンダが個人的に「なるほど」と頷いてしまった部分などを紹介していきます。

 

 

 

 貧乏人の子供として産まれる

 

 父親との関係、そして父親をみて分かった現実の厳しさ

 

 大阪で生をうけたラファエル氏は父、母、姉、自分の四人家族でした。
 父親は大の酒好きで知り合いの保証人になっていたために借金漬け。
 そのためラファエル氏の子供時代に両親は離婚してしまいます。
 
 その頃からとてつもない窮乏生活を送っていたラファエル氏ですが、一度たりとも挫けたり弱音をはいたりはせず、人生をどうやって「前へ」進めていくかを考えていたそうです。

 このお父さんはラファエル氏が社会人になり、働いていたときに公園でホームレスになってしまっていたそうです。
 その後、彼は病気になり、病院へ入院する羽目になりました。
 

 ラファエル氏が病院へ見舞いに行った際、この父親が姉に対して「五千円、かしてくれないか」といったことは氏にとってショックであったとかかれています。

 

 ラファエル氏が父親から学んだことは次のようなことでした。

 

お金がない辛さや哀しさや惨めさだ。そしてそれは、僕の心に刺さったまま、今でも原動力になっている。

 

 母親との関係

 

 お母さんは美容師をやって、ラファエル氏を育てていました。
 
 しかし、ラファエル氏とはソリが合わず、お互い仲が良いとはいえない関係だったそうです。
 

 お母さんは異常に猜疑心が強く、神経質な人であったとかかれています。
 勿論、これはお父さんとの離婚や借金の問題があったために、神経が過敏になっていたのだろうと惻心(そくしん)することは許されるでしょう。

 

 ラファエルの後悔

 

 ラファエル氏は前向きな方で、何かがおきても必ずどうにかなる、どうにかできるという考えをもっておられます。
 その彼はどんな失敗があっても、挫折せずに「次からどうすればいい」と思い直し、傾向と対策とを考えて、すぐに後悔の念を捨てるといっておられます。

 

 しかし、ラファエル氏にも唯一後悔しておられることがあるそうです。

 ラファエル氏はお母さんに対して自分がyoutuberになって莫大な収入を得ていることはいえませんでした。
 
 そんな忙しい最中、お母さんは末期ガンになってしまい、この世を去ります。

 ラファエル氏は「母親に親孝行」できなかったことを深く嘆き、「きちんと説明して伝えていたら」と記しておられます。
 
 『韓詩外伝』という書物があります。

 この中に、「風樹の嘆」という言葉があります。
 今、原文を引用します。

 

 

 樹欲静而風不止子欲養而親不待矣

 

 木静かにならんと欲すれども風やまず、子(親を)養わんと欲すれども親待たず

 

 木が静かになりたくとも風がふいているのでどうしようもないのと同じく、子供が親を養おうとしたときには親はもういない。

 


 

 このように、親というのは自分が恩を返そうと思ったときには、もうこの世からいなくなっているものなのです。
 その悲しみが、木々の葉がカサカサと鳴る寂しさとともに表しているのです。
 
 ラファエル氏ほど成功した人でも、親に対して恩返しができないのだとすれば、この世から悲劇がなくならないのも理解できますね。

 

 ラファエルに備わっていたある才能と仕事

 人と仲良くなれてしまう。

 

 その後、ラファエル氏は高校三年間をバイトで明け暮らします。

 彼は幼少期は弱虫でいじめられっ子だったらしいのですが、徐々に「自分は何もない人間なのだから。失うものなど何一つとしてない」という考えがでてきて、メンタルが強靱になったといっておられます。

 そして、成長するにしたがって、ある長所に気づきます。

 

 俺には誰とでも仲良くなれる才能がある。

 

 これこそ、ラファエル氏の最大の資質でした。
 彼は初対面でも人の心にはいりこみ、ぎゅっと相手の気持ちを握ることができる天性の「たらし」だったのです。

 その結果、ラファエル氏は料理屋でのバイトやキャバクラでの客呼び、自衛隊や営業職でも、人間関係をたやすく構築し、自分に有利な状況を作り出すことができたそうです。

 

 いやはや、うらやましい限りですね。私なぞはコミュニケーション力がないので、こういった関係を築くことがほんとうに苦手なのですが、ラファエル氏はそんなのは微塵もないわけです。純粋に羨ましい。

 

 youtuberとしての下地がバイト時代につくられる

 

 ラファエル氏は仕事をするのが大好きだといいます。
 売れっ子youtuberになった今も、平均労働時間は二十時間。睡眠時間は四時間だというから驚きです。
 ブラック企業に対抗、もしくは打ち勝つことができるぐらい仕事に従事しているわけです。
 
 

 バイトで得た能力 スケジュール管理
 
 

 ラファエル氏は勉強はてんでできなかったのですが、料理のバイトをしていたおかげで、いまだに自分で料理をすることが多いそうです。
 そのときに身につけたのが「時間以内に手際よく整理して行動する能力」だったそうです。
 これがyoutubeの動画をつくるときに非常に役立ってるそうです。
 
 

 自衛隊で自分の隠された能力を発見する

 

 

 バイト三昧だったラファエル氏は自衛隊に入隊します。
 ここでIQテストが行われたのですが、そのIQテストで非常に成績な優秀をおさめることができたとのこと。

 今まで小中高と勉強が全くできなかった自分にこんな能力があったというのがわかります。
 

  1.   人の顔を一度みると覚える
  2.   記憶力がかなり高い

 

 これに先ほど述べたコミュニケーション能力の高さがそなわっているのがラファエル氏の特長なわけです。

 だとすると、人脈を気づくのが上手い理由も頷けますね。
 
 

 自衛隊でメンタルを更に鍛える

 

 自衛隊での訓練は相当にきびしかったようです。
 ましてや、上下関係が厳格に定められているわけですから、理不尽な命令でもきくしかありません。

 しかし、それがまた、自分の甘い部分や未完成であった部分を鍛えることができた理由だとものべておられます。
 

 ラファエル氏は「今の自分に悩んだり迷ったりしている人がいたら、一度自衛隊に入ってみたらいい」とまで仰います。

 

 さて、自衛隊のなかでも「営業職に向いている」などといわれ、その人たらしの技術を認められたラファエル氏は社会でもう一度じぶんの能力を試したいと思うようになり、四年ほどで自衛隊をやめます。

 ラファエル氏は営業の仕事について、仕事をしながらアルバイトもし、バリバリ働きます。
 優秀な上司二人にであい、彼らの仕事ぶりと言葉から多くのことを学んでいきます。
 そして出世もついてきます。

 

 成功する人は睡眠時間が短い

 

 その中で気づいたことがあったそうです。
 「成功するひとは睡眠時間がみじかい」ということでした。
 

 

「一年を十二ヶ月でなくて十三ヶ月にすればいい。」
「どんな職種でも、仕事は本気でやり切れるかどうかで結果が大きく違ってくる。」
「単純に能力がないのなら、人の三倍働くしかないだろが」

 

 

 といった一瞬、根性論にきこえてしまうことばの数々がここにはかかれています。

 ラファエル氏自身は根性論や精神論の類いは嫌いだといっています。
 ですが、徹底して効率を求めたあとに残るものは「それにかけている時間ではないだろうか」というわけです。

 

 これはうなずけますね。
 効率を求めることは必須です。
 時間がかかったり、おかしなやりかたをしていれば結果や成績を得ることは難しくなります。
 そしてそれが挫折の原因にもなる。

 

 けれども、もっとも効率的なやり方を得たところで、それを実践しなければ何の意味もありませんね。
 その最効率ともいうべき方法を発見した後は、ひたすら時間をかけて没頭する。
 そんな必要があるのではないでしょうか。
 ラファエル氏が言いたいのはそういうことです。
 
 

 最効率×大量の時間=最高の結果

 

 という方程式が成り立っているのですね。
 ラファエル氏の行動は常にこの方程式にそっているといえるでしょう。

 彼は思考しないで、ただ動いている人間ではありません。
 パチンコなどのギャンブルも一切やらないといいます。
 勝てる確率が五十%以下のものには手を出さないと明言しておられます。

 勝てるとなったら、すぐに計画を考え、すぐに動き、すぐに動画にする。
 思考した上での行動力あります。

 

 ちなみに、先日、youtuber兼ブロガーとしても有名なまなぶさんという方が次のようなツィートをしておられました。

  

 例えばですが、僕が「今週バンコクに来たら、無料でブログ指導します」とかってツイートしても、動く人は少ない。
しかし、個人で成果を出してる人は、こういったチャンスを掴む際のフットワークが、鬼のように軽かったりします。速度があると、相手に熱量が伝わり、それがあなたの評価になります @manabubannai

 

 

 私はこのツィートを読んだときに「あっ、そういうことか」と気づかされた感じがありました。
 
 今、本屋へいくと「行動力がすべて」といった本が多くならんでいます。
 皆さんもご覧になったことがおありでしょう。

 けれども、どれを読んでもいまいちピンとこなかった。
 何か実感を伴うような感じがしなかったのです。

 

 しかし、このまなぶ氏のツィートは切情にかんじました。
 
 つまり、機会があるのであれば、積極的に会いにいかねばならないし、働きかけて、何が何でも手に入れるような気迫や行動力が必要なのです。
 
 これはビジネスでも恋愛でも何でもそうでしょう。
 成功する人は常に何かを得ようと目論んでいます。
 泥水すすってでも、取得するために這いつくばう。
 そういう奪い去るような裂帛たる気合いがなければいけません。

 

 

 ラファエルはなぜ白面をかぶるのか-シバターと喧嘩した理由
 
 

 さて、最後になりますが、私ズンダがラファエル氏が述べたことでもっとも感心したのは彼の白い仮面をかぶる理由についてです。

 彼は次のようにいいます。

 

 

 キャラクターとして存在を確立するため永遠に歳をとらない点だ。顔出しのyoutuberは、もし死んでしまったら一年も経てば皆の記憶から消滅する。だけれど、白マスクにグレーのフードで現れるキャラなら何十年後でも実物として生き長らえる。ミッキーマウスと同じだ。中身となる人を誰かに引き継げば、ラファエルは百年後も存在する、と僕は考えている。
 

 

 これは、なるほどなあ、と思わされましたね。
 

 たとえばヒカキンさんをかんがえてみましょう。

 ヒカキンさんは二回か三回ほど「自分がハゲてきている」という動画をつくっておられます。

 そのとき、ヒカキンも歳をとってきているのだと誰もが思ったはずです。

 まだ二十代の若かった青年は三十代にはいり中年へと歩を進めている。

 そんなヒカキンを我々はどううけとめるでしょうか。
 
 今はまだハゲていません。
 しかしハゲがいよいよ進行したり、あるいは顔に肉がたまっていき太っていく。
 加齢が彼を襲うわけです。

 それでも、ヒカキンを変わらず応援していける人はどのくらいいるでしょうか。

 

 いっぽうで、ラファエルは仮面をかぶっているがために、ずっと若いままです。
 むろん、体つきはかくせません。

 しかし、顔以上に年月を感じさせるものはないでしょう。

 ラファエルはいわば、時を止めた状態にある、といえます。
 彼は視聴者に対して、不安や変化を感じさせることがなく、一定に保ったままの姿をみせつづけることができるのです。

 

 そんな彼の考えに私はyoutuberとしての見識の高さを感じました。

 

 終わりに

 

 さて、ラファエルさんの本はいかがだったでしょうか。
 Amazonでの星は低いですけれども、実際に読んでみると、彼の考えていることがしみじみと感じられ、存外、面白い本でした。
 では、またおあいしましょう。
 ズンダでした。

 

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【バルタザール・グラシアン】 なんで人間関係ってつらいの?格言集から解決作を学ぼう!【賢人の知恵】

 

 「正しく生きるな、賢くいきよ。」

 

 この言葉、ずしりと身にしみませんか?
 
 私ズンダは、若い頃、親が読んでいたイエスズ会の修道士バルタザール・グラシアン『賢人の知恵』の格言を読んで、ハッとさせられたことがあります。

 

 

バルタザール・グラシアンの 賢人の知恵

バルタザール・グラシアンの 賢人の知恵

 
賢く生きる智恵 (智恵の贈り物)

賢く生きる智恵 (智恵の贈り物)

 

 

 

 哲学者ニーチェショーペンハウエル、日本の森鷗外に至るまで数々の著名な人々が愛読したといわれるこの格言集は今の我々が読んでも感動するほど素晴らしい内容です。

 

 人間関係でgoogleで調べてみますと、「断捨離」、「リセット」、「悩み」、「ストレス」、「いらない」、「悪化」、「依存」などでてきますね。

 

 今回は「生きることが苦しいあなたへ送る格言集」と題しまして、バルタザールが人間関係について語った片言隻句を摘まんでいこうと思います。

 

 

 

 1 運のいい人を見分けよう
 
 

 運のいい人と悪い人を見分ける能力を磨こう。ついている人たちのそばにいて、その恩恵にあやかるのだ。
 一方、ついてない人からは逃げるに限る。 悪運は無分別な本人の身から出た錆、しかもその災難は伝染するかもしれないのだ。 

 

 といっています。
 ここで意識すべきはバルタザールは「運」という言葉を「無分別な本人の身から出た錆」と捉えているところです。

 すなわち、「運」はどうしようもないものではなく、ある程度、自身で左右できるものだと考えているといえます。

 前に紹介したマキャベリを覚えておられるでしょうか。
 彼もまた「運」は自分の力によって操れるといっていたのでした。

 

 2 平凡な人とつきあう

 

 

 自分より光っている人は、それがその人の長所のためであっても、意地悪によるものであっても、一緒にいるべき相手ではない。常に注目や栄光を厚め、こちらはそのおこぼれにありつくだけだ。(中略)自分をしのぐような才能ある人と同じ土俵に立つことは避けよう

 

 

 少し俗なはなしですが、イケメンの友達と合コンにいけば、当然、女子の目線はイケメンのほうにいってしまい、自分は相手されなくなるでしょう。

 これを外延させていけば、あらゆる事に通ずると思いませんか。
 
 優秀な人から学ぶことは大変おおいはず。 

 しかしながら、二人が並んで歩けば、評価されるのは隣にいるもっとも優秀な人物だけです。
 あなたが第二位の人間だとしたらどうして必要とされるでしょうか。
 
 といっても、その人と付き合うなとはバルタザールはいってません。

 彼は次のようにも述べています。

 

 優れた人とつきあう
 
 

 人は、誰と一緒にいるかで判断される。名高く尊敬されるような人と肩を並べるのは畏れ多い世才ではあるが、たいへん役に立つ才能でもある。(中略)その威光のおかげで、こちらまで輝いて見えるのだ。

 
 

 矛盾してるじゃないか、バルタザール!という突っ込みがきこえるようです。
 確かに一方では優秀な人とつきあえといい、一方では優秀な人とつきあうな、といっている。

 

 いったいどちらが正しいのか。

 

 少し文章を分析してみると、次の解釈が可能になります。

 同じ分野の人と交際をもてば、比較されてしまうので、付き合わないようにする。 
 バルタザールは「同じ土俵に立つことは避けよう」といっています。
 土俵はもちろん、暗喩であり、「同じ分野」のことですね。

 

 つまり、専門分野が一緒である人と付き合うと、能力が比較されやすくなるから、一緒にいないほうがいいよ、ということをいっているわけです。

 

 

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イラスト屋

 

 たとえば、同じクラスにゲームがうまいことで有名なA君とB君がいたとします。
 彼らは『スプラトゥーン2」とよばれるゲームで角逐の争いをしていました。

 あるときA君がB君をくだして、世評はA君に傾きます。
 
 では、ここで考えてみましょう。

 私ズンダはA君とB君、どちらにスプラトゥーン2を教えてもらいたいとおもうでしょうか。
 
 考えるまでもありません。A君を選びます。
 第二位の人に教えてもらうよりも第一位の人のほうがいいに決まっているからです。 

 ※実は人に教える能力があるか否かはまた別のはなしなので、一概にこれが正しいとはいえない。

 

 というわけでバルタザールは第一位の人のみがいれば、第二位下はぞんざいに扱われるので、もとから付き合わない方がいいぞ、というわけです。

 五輪のメダルと同じですね。金メダルをとった人は覚えられるが、銀メダルの人は忘れられてしまう。

 

 

 3 神経質な人とは用心深くつきあう 

 

 

 繊細な性質は、友人や仲間とつきあうのには適さない。すぐにくじける人は、むらがあって意気地がないことを自ら示しているようなものだ。こういう人は、自分に対して何か悪いことがたくらまれているといつも思い込んでいて、会う人みんなが悪意を持っていると考える。(中略)たいていは自分本位で、自我を満足させるためならどんなことでもするだろうし、自分さえよければどんな危険でも冒すからだ。

 

 まるで私自身のことをいわれているような気がしたのですが。
 みなさんはどうでしょうか。
 
 やはり、付き合う相手というのは精神的に安定している方がいいでしょう。

 この手の相手と交流すると、あまりにむらっ気が強いためにこちらの精神まで病むことになりかねません。
 「意気地がない」、「自我を満足させるため」とあるように自己中=神経質、ともいえるのです。
 
 つまり駄々っ子で、世の中が自分の思い通りにいかないとすぐに拗ねたり、やめたりする。
 根性のない人というわけですね。
 
 こういう人は人間関係も維持することができないわけで、付き合わないようにするかことが楽です。そうでないと、注意深く付き合うはめになり、面倒ですね。

 

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イラスト屋

 

 4 あまり気安くしない

 

 毎日決まって顔をあわせる人に対しては、気安くしすぎず、相手にもなれなれしい態度をとらせないこと。人に合わせて自分をいったん下げてしまえば、もう尊敬されることはない。そのままでいれば尊敬されたかもしれないのに。(中略)こちらが親切にしてもそのありがたみがわからず、当然のけんりと思われるようになるからだ。親密な関係は低俗にも通じる。


 我々は誰かと初めて知り合ったとき、その人がどんな人物なのかわからないので警戒しつつ、相手に嫌悪感を与えないようにするために注意深くはなしをはじめます。

 しかし、打ち解けていくうちに徐々に自分の人生や秘密などを明かしていく。
 
 こうすることで、我々は「人生の共有」を通して、仲を深めていくわけです。
 自己開示をすると、相手と親密になれる、という話はどこかできいたことがあると思います。

 

 しかし、これは危険と隣り合わせでもあります。

 第一に気安くなった相手に尊敬の念をいだくことはむずかしい。
 というのもどんなに著名な人もアイドルも、我々と同じくトイレには行くし、性行為はしているし、後ろめたい秘密があったりするからです。

 そういった「普通」な部分がみえてしまうと、一般人と変わらない人間なのだな、と思えてしまって、尊敬するのが難しくなります。
 つまり次のようにまとめられます。

 

仲良くなりたい→自己開示
尊敬されていたい→秘密主義

 

 

 ということです。
 秘密があれば相手に対して、尊敬する余地をもたせることができるようになります。
 逆に全てを明らかにしてしまうと俗っぽさがでてしまい、尊敬できなくなる、とバルタザールはいいたいのです。

 

 しかし、自分の素顔を誰かには知ってもらいたいと思うのが人間ですよね。全ての人と疎遠だとしたら、理解者が誰もいないということになり、つらいでしょう。

 

 それゆえ、自分が相手とどういう関係でいたいかを踏まえたうえで、自己開示か秘密主義かを選ぶようにしましょう。
 

 あなたの選択で使い分ければいいのです。
 

 ちなみにバルタザールは「秘密を話さない、聞かない」という項目で「人の急所を握れば鞭となり、その情報はかなりの力となる」といっています。
 秘密を他人に握られてしまうことは、自分の弱点をみすみす相手に教えるようなものだ、といっているのです。
 
 ここに人間関係の急所がありますね。
 自己開示しなければ仲良くはなれないが、秘密を握られることになる。
 秘密主義でいけば尊敬され、硬度の高いダイヤのように強くいられるが、人と仲良くはなれない。
 
 綱渡りのようなものです。

 

 

 5 誰にも借りをつくらない

 ひとりで何もかも責任を負うと、あくせく働かなくてはならなくなる。人それぞれに宿命があり、他人に良いことをする人もいれば、逆に、それを甘受してばかりの人もいる。後者のほうが楽だと思うかもしれないが、それではいけない。相手に借りをつくることになるからだ。
 束縛がないということは何にもかえがたいものだ。大勢から頼られながらも、自分は誰にも依存しないことである。

 
 バルタザールは、誰かに借りをつくれば、束縛関係がうまれて、自由がなくなることを危惧しています。
 我々は自分だけで何かをすることはできません。
 が、相手に頼りっきりになってしまえば、自分の自由は減り、相手からの束縛は増えていくことになる。

 

 実は「誰にも借りをつくらない」は上で述べてきた四つの箴言すべてをまとめている上にその解決策までもを呈示したといえます。

 結局、自分の周りのことに関しては、自己責任において慎重に綱渡りをしていくこと。
 それが人生を賢く生きるための方法なのだということですね。
 
 

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イラスト屋

 終わりに
 
 

 最後に触れておかねばならないことがあります。
 それはバルタザールは1657年、サラゴサでの聖書学教授の地位を追われ、逮捕。
 その後、タラソナという村で一年の後、死亡したということです。

 

 彼ほどの箴言を残した男ですら、人生の不軌に適応することができず、讒言をくらって死去したというのは我々をして悲しましめるものがあります。
 
 これに限らず、警句を残したからといって順風満帆に生きることができるわけではない例として、古代中国の韓非子がおります。
 私は法家と呼ばれた韓非子を好きでよくよんでいたのですが、彼の最後も又、同僚から上司への吹き込みにより汚名を着せられ、毒薬を仰ぎ、死ぬことを選ばざるを得ない不慮の死地に追い込まれた人物だったのです。

 

 謂うは安し、行うは難しとよくいわれます。
 多くの人々は立派なことばの数々を残しておられますが、それがそのまま人生を豊かにしてくれるかといえばそうではない。
 
 ここに我々人間が生きるということの艱難があるのです。

 

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令和 2019年のゲーム 26年ぶりに 「ゼルダの伝説 夢をみる島 リメイク」をやった人間の感想 ネタバレ

 

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 先週の金曜日、2019年9月20日に『ゼルダの伝説 夢をみる島』のswitch版がでました。

 

 元々このゲームは1993年にGB(ゲームボーイ)で発売されたソフトであり、当時、モノクロで表現されながらも叙情性に富んだ物語に舌を巻いた記憶があります。

 それは今回、switch版をクリアしてみても思ったことです。

 

 

 

 

 あらすじ(ネタバレあり)

 

 ストーリーは筏(いかだ)で航海していた主人公 リンクは凄まじい嵐に出くわし、筏は難破。

 気を失ったリンクが目覚めたのは、とある島のとある家でした。 

 

 

 物語はリンクを中心に動きます。

 彼を助けた父と娘であるタリンとマリンはところどころ出番がありますが、

ストーリーを進めるための歯車にすぎず、主要な役割は与えられてはいません。

 あくまで今作はリンクが主役なのです。

 

 筋は非常に簡単な物です。

 

 漂着した島から脱出するためにリンクは「かぜのサカナ」を目覚めさせ、島からの脱出をはかります。

 そのためにはダンジョンに隠された8つの楽器を集めなければいけません。

 

 リンクは8つのダンジョンをクリアし、サカナの目覚めを阻止していたラスボスを倒します。

 サカナを覚醒させたリンクは、コホリント島から出ることができたのでした。

 

 EDはなんともいえない切なさが、爽やかな青い空に反して訪れます。

 彼が漂着したコホリント島は「かぜのサカナ」がみていた「夢」でしかありませんでした。

 つまり、そこにいた人物や建物や魔物や自然などは、すべて夢によってうまれた産物にしかすぎず、現実ではなかったのです。

 

 リンクが旅した島は、サカナが目覚めたことで消失します。

 自分を助けてくれたタリンとマリンも、サカナの覚醒で自分たちが消えることを嫌がっていた魔物連も。

 このEDの侘び寂びや無常観というのは形容しがたいもので、コホリント島の存在は、人生の坩堝ともいえます。

 

 リンクは現実世界では勇者でした。

 それゆえ、目覚めたいと願った「かぜのサカナ」に呼び込まれ、コホリント島に漂着することになったのでしょう。

 

 switch版の長所と短所

 

 ①まるでGBをプレイしているかのような感覚におちいる。

 

 映像も音楽もswitchのために新しく作りなおされているのにもかかわらず、その感覚は若い頃にやったGB版となんらかわらないように思えます。

 

 ボタンを押したときのリンクの動きや敵を切り倒したときの感覚。

 謎解きやフィールドをひたすら歩いている空気や場面の質感なども、GBをやっていたあの日と変わらぬ景色がそこにはあります。

 

 このswitch版『夢をみる島』は不思議なもので、何もかもが新しいはずなのに、何もかもが昔と変わらないのです。

 

 リメイクは下手に弄ると昔日の想い出を汚された気がするものです。

 それは懐古趣味からきているのかもしれません。

 

 為にリメイクというのはメーカーにとって両刃の剣なのです。

 

 ですが、このリメイクはそんなプレイヤー達を後悔させることはありません。

 迷っている方、大丈夫です。

 悩まずにこのゲームを買いましょう。

 

 あなたが若かった頃にはまりこんだ『夢をみる島』が再びあなたを出迎えてくれることでしょう。

 

 ②ワープゾーンが追加されたことによりプレイがサクサク進む

 

 これはswitch版の新規要素です。

 ワープすることで各所に飛ぶことができます。

 

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 面倒だった「貝殻の館」やタルタル山脈にもワープゾーンを開拓すればすぐさま飛ぶことができます。 

 これは攻略や貝殻集めにも便利だったといえます。

 

 switch版の短所 ボリュームの問題

 

 追加のダンジョンがない!ことです。

 私にとってはこれが唯一の欠点でした。

 当時GBの容量を考えると、これだけの内容がGBに詰まっていることに感動を覚えましたが、さすがにswitch版にリメイクしたことを考えると、何かしらかの追加があってもよかったのでは?と考えざるを得ません。

 もちろん、「パネルダンジョン」という自分でダンジョンを作っていく新規要素はあるのですが、まあ、これが非常に愚にもつかない出来でして、これなら普通に新しいダンジョンを追加すべきだったといえましょう。

 

 実はGBにはGBCゲームボーイカラー、というモノクロであったGBに色がつくようになった新機種がありました。

 この『夢をみる島』はそのとき一回リメイクされています。

 そこで追加されたのが下の写真にある「服のダンジョン」です。

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  ダンジョン自体は別に面白くはありません。本編のほうが色々工夫がされていて、解いていて面白い。

 ですが、新版を出すにあたって追加要素がないのは物足りないだろうと考えて、こういったダンジョンを作ったのでしょう。

 追加のダンジョンが3つぐらいあればもっと楽しめたのになあ、と思わざるをえません。

 値段のほうもリメイクで6000円です。

 実質賃金がガンガン下がっている日本人にとっては苦しい限りです。

※ちなみにGBC版は「写真屋」という店があったのですが、switch版では削除されている。

 

 歳をとることで「夢をみる島」は更に名作になる理由

 

 ですが、ゲームとしては本当に面白い。

 あれから年月が26年たっていますが、名作だけあって、古びずにその価値を保ったままといえます。

 

 ラスボスを倒した後にあらわれる「かぜのサカナ」は次のようにいいます。

 

 

わたしが、めざめると、
コホリントじまはきえるだろう
しかし、このしまの おもいでは
げんじつとして、こころにのこる。
そして・・・ キミはいつか
このしまを おもいだすだろう。
この おもいでこそ、ほんとうの
ユメのせかいでは、ないだろうか


夢はいつか覚める。それは自然の定めなのである。
しかし、いつか見た夢は、人々の心に残る。
そして人々はやがて、かつて見た夢を思い出す。
それこそが、心に映る本当の夢の世界なのだろう。

 

 このゲームを26年前にプレイした人々はこのサカナの台詞をどう受け止めるでしょうか。

 長い年月が流れました。

 家族を持った人、つらい別れがあった人など色々いるはずです。

 

 私は自分の若い頃を思い出しました。

 色んな親戚や友人や先生がいた。

 今はその人達ともう会うこともないし、会うことができない。

 

 ただ、自分の頭の中だけに彼らの姿が存在している。

 つまり、夢のセカイで彼らは生きているわけです。

 

キミはいつか
このしまを おもいだすだろう。
この おもいでこそ、ほんとうの
ユメのせかいでは、ないだろうか

 

 人は長く生きればいきるほどこうした想い出が増えていきます。

 「風のサカナ」にいわせれば、想い出=夢の世界ということ。

 

 このゲームの発売以来、何十年もという月日を生きてきた人々は、コホリント島に再び漂着してしまったということです。

 どうでしたか?

 夢の世界の濃度が昔よりも濃くなっているはずです。

 ゲームの住人たちの数は変わりません。彼らの台詞の量も動作も以前のままです。

 しかし着実に、私たちが想い出すことができる人々の数は長い人生の中で増えていきます。

 

 クリアした皆さん、コホリント島にいたはずの住人や造物の数々が、前よりも多くなっている気がしませんでしたか。

 

 クリアと同時に想い出すのは、もともとコホリント島にいた人々だけでなく、今までプレイヤー自身の人生で出会ってきた見聞きしてきた多くの事々でした。

 

 このゲームはプレイヤーの人生を映し出し、幕を閉じるのです。

 プレイヤーの人生を基として成長するゲーム、それが「夢をみる島」が名作である所以でしょう。

 

 また数十年後にリメイクされていることでしょう。

 そのときはどんなEDになっているのでしょうか。

 その未来を待ちつつ、人生を生きていこうと思います。

 

↓ちなみにこれが僕の実況動画です。よかったら、どうぞ。

 

www.youtube.com

 

 

 ちなみに私は魚釣りのイベントでリンクがどや顔する場面が好きです。

 

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ゼルダの伝説 夢をみる島 -Switch

ゼルダの伝説 夢をみる島 -Switch

 

 

 

 

ゼルダの伝説 夢をみる島 ARTBOOK SET -Switch

ゼルダの伝説 夢をみる島 ARTBOOK SET -Switch

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

管理人の日誌 ポエマーとなった小泉進次郎

 三連休、皆さんはどのようにお過ごしですか。

 管理人のズンダです。

 

 この日誌、一週間に一回は書こうと思っているのですが、なかなかできなくて申し訳ない。

 といっても、日誌を更新してもアクセス数が増えるわけではないので、私にとっても読者の方々にとっても益にはならないのですよね。

 

 さて、十月の増税が近づいて参りました。

 

 増税することで景気が悪くなることは殆どの人が認めている。

 これはいいことです。

 八%のときは反対意見があまりなかった。

 

 しかし、今回の増税に関しては存外、反対意見が多い。

 これはもしかすると、増税反対していた人たちの声がようやく多くの国民に届いたからなのかもしれない。

 もしくは、八%によって痛めつけられた国民がこれ以上の増税に耐えることはできないと喘ぎ声を上げているからなのかもしれない。

 

 とはいっても、内閣支持率はいまだに五十%超えでありまして、いったいどの層が支持しているのか見当がつきません。

 

 もはや死なば諸共の精神なのでしょうか。

 政治家の方々には次は消費税五十%にするぞ!といって選挙をやってみてもらいたいものです。

 私はそれでもその党が勝つのであれば凄まじい国民だなあ、と思います。

 そして、それは普通にあり得そうだと推知しております。

 

 で、日誌の題名である「ポエマーとなった小泉進次郎」について

 

 正直、彼のポエマーっぷりは昔からでして、特に中身はないが、外見のよさと思い切りの良い発言によって、政治に興味のない一般人を誑かすことに長けている人です。

 あとは血統でしょうか。

 首相であった小泉氏のご子息ともなれば、知名度もあるし、嘱望もされるしで凡百の政治家とは異なるのであります。

 

 いったいにして政治に興味がないとなると、政治家を見る目は芸能人を見る目と変わらなくなります。

 

 つまり、有名人だな、外見がいいな、という点で政治家の優劣は決まるのです。

 

 すると、国会で居眠りしている皺やシミだらけのハゲた人々よりも若々しい肌つやのある精悍な男の方が支持を得るというのもわかるはなしです。

 

 すなわち、私が前日にかいた「モテる人」の特徴を備えているのが小泉進次郎でありまして、政治に興味索然たる人が見た場合は、政治家の資質よりも「モテる人」であるかどうかのほうに優位をおくのであります。

 

 

zunnda.hatenablog.com

 

 そんなこんなで、私が思うに、野党もイケメンモデルを党の代表にし、戦ってみるのがよろしいのではないでしょうか。

 小泉進次郎並の容姿をもった人間を代表にすげ替えれば、忽ちのうちに勝利をつかめるかもしれません。

 

 もし彼が首相になるとすると、プラトンがいったような焚書すべきポエムに包まれた日本国家が誕生し、我々の国は灰燼に帰せられるやもしれません。

 

 いや、もしかすると、すでにもう日本はポエム国家ゆえに、彼の人気があるのかもしれませんね。

 

 

 終わり。