黒人と白人との対立は混迷を極めています。
暴動に発展しています。
今、アメリカにおいて〈白人ナショナリズム〉と呼ばれる現象があります。
彼らは黒人やヒスパニック系移民などによって「権利を剥奪されている」と主張しています。
いったい彼らは何者なのか。その発言はどこから来たのか。
今回は、渡辺靖『白人ナショナリズム』(中公新書)をみていくことにしましょう。
この記事を読むと次のことが分かります。
・白人ナショナリズムの起源
・米国の代表的白人至上主義ジャレド・テイラーとその主張
白人至上主義ジャレド・テイラーの主張
高学歴で国際的な人間
ジャレド・テイラーは白人至上主義の代表的存在と目される人物です。
彼の経歴をざっとみてみましょう。
引用します。
日本で宣教師の両親の間に生まれ、一六歳まで香川県や兵庫県で過ごした知日家。イェール大学を卒業し、パリ政治学院で修士号を取得。日米間の翻訳・通訳業で成功を収め、現在は首都和親等D.C郊外に立派な邸宅を構える。
テイラーの主張
では、テイラーはどのようなことを主張しているのでしょうか。
テイラーは自分たちは正当なことをいっており、かつ「白人至上主義者ではない」といっています。
彼自身は「人種現実主義者(race realist)」や「白人擁護者(white advoacate)という呼称を使っているそうです。
そして、次のように我々日本人に問うています。
・もし外国人が日本に数百万単位で入ってきたら違和感を覚えないか?それに対して、異議を唱えたときに「日本人至上主義」や「人種差別主義者」とレッテルを貼られたらどうおもうのか?
・黒人の命も大切だが、白人の命も大切なはずである。
つまり、テイラー本人は白人を批判したり、虐げることが許されている世界はおかしい、といっているわけですね。
自分たちは何も言う権利がないのか?というわけです。
引用します。
ポリティカル・コレクトネス(PC、政治的タテマエ)が跋扈する米国に「言論の自由はもはやありません。共産主義国家と同じです。」
テイラーは自分たちが移民受け入れやPCを重視するリベラルな社会秩序によって迫害されていると考えているのです。
白人至上主義とトランプの主張は似ているーペイリオコンー
しかし、ここまでみてみると、トランプ大統領との親和性も見出されますね。
トランプ氏は「米国第一主義」を掲げて、グローバリズムや自由貿易などがアメリカを弱体化させてしまったということを述べ、保護貿易の価値を顕揚しているのは周知の事実。
各所における演説でも次のようなことを述べていました。
引用します。
「私たちの計画は米国第一です。グローバリズムではなく、アメリカニズムが私たちの信条になるでしょう」
(共和党全国大会における指名受諾演説、二〇一六年七月)
「米国は米国人によって統治されます。私たちは、グローバリズムのイデオロギーを否定し、愛国心(patrriotism)の理念を受け入れたいと思っています」(国連総会演説、二〇一八年九月)
実際、アメリカに於けるこういった考え方を「ペイリオコン」(paleoconservative、原保守主義者)といいます。
政治哲学者ポール・ゴットフリード(元エリザベスタウンカレッジ教授)によって名付けられました。
ちなみに彼は、リチャード・スペンサーとともに「オルトライト」という呼称も生み出しています。
アメリカの政党では「米国自由党(AFP)」がペイリオコンの立場に近いといわれています。
では、ペイリオコンとは、どういった思想なのでしょうか。
引用します。
ペイリオコンの特徴は「黄金の五〇年代」と称される第二次世界大戦後の社会を、将来回帰すべき理想と捉える点だ。その根底には、米国が戦後の反映を謳歌し、公民権運動以前の白人のミドルクラス(そしてキリスト教)中心の社会秩序を維持していた時代への郷愁がある。そして、その米国を破壊した要因としてグローバル化(自由貿易、移民の流入、多国間枠組みなど)が槍玉に挙げられる。
実際、トランプ大統領の顧問であったスティーブン・バノンやスティーブン・ミラーなどはペイリオコンの系譜に連なるとされています。
ただし、テイラーは「国境壁建設も不法移民対策も実質的には何も進んでいない」と不満をもっているそうです。
更に渡辺氏が白人ナショナリストの面々と話した際にもトランプをあまり評価してない人々も多いようです。
しかし、彼らはどうして白人ナショナリストになったのでしょうか。
テイラーを代表例としてみてみましょう。
リベラルからナショナリズムへ
実は彼は三十代まではリベラルでした。
アフリカのコートジボワールとリベリアを訪れた際、二国の経済成長に差があることに驚愕します。
そして、コートジボワールはフランスの植民地であったからこそ発展したという地元の大学生の発言に、白人としての誇りを抱いたことがナショナリズムへの目覚めだったと回顧しています。
その後、歴史や経済を学んでいくとリベラルのいっていることは「幻想」にしか過ぎないと確信するようになりペイリオコン的な本『アメリカン・ルネサンス』を発刊するに至ったのでした。
テイラーはリベラルの「幻想」をこう説明しています。
彼の発言をまとてみましょう。
・人種が異なれば社会の作り方や考え方が異なるので、どうしても摩擦が生じる。
リベラルのいう「多様性は力」は歴史的にいって嘘である。・人種毎に遺伝子が異なり、知能指数の差がある現実も直視しなければならない。米国に住む北東アジア系の収入、試験の点数、教育水準が白人よりも高いのは彼らが賢いから。
・同様に、白人はヒスパニック系より賢く、ヒスパニックは黒人より賢い。これを見逃すとヒスパニックや黒人の失敗を「社会」、すなわち「白人」が背負わされる。
テイラーはリベラルのいっていることは現実的にも科学的にも嘘であると主張しています。
こういった「人種思考」(racial thinking)は白人ナショナリストの特徴の一つです。
テイラーのように人種によって能力が異なるという考え方を「人種現実主義」(race realism)といいます。
これに反して、社会学や人類学、歴史学や遺伝学では人種を「所与」ではなく「構築」されたものとして捉える社会構築主義(social constructionism)が主流となっています。
これはいつ、どこで、誰が、何を以て、誰に対して、何のために、どのように人種を分類してきたかが問題という考えのことです。
テイラーは社会構築主義に反対しているわけです。
トライバリズムの時代とは
分断社会
「米国の分裂」、あるいは「分断」とは少し新聞や雑誌を読んでいる人たちであれば、聞いたことがあるでしょう。
黒人対白人、格差社会などの溝が深まれば深まるほど、内乱が起こりやすくなってきます。
トライバリズムが民主主義を壊す
現在のアメリカはトライバリズム(政治的部族主義、tribalism)の様相を呈しいるといわれています。
トライバリズムとは何かをまとめてみましょう。
・人種や民族、宗教、ジェンダー、教育、所得、世代、地域などの差異に沿って各自が自らの集団の中に閉じこもることを指す。
・自らの部族を「被害者」「犠牲者」とみなし、他の部区を制圧しようとする。・政治的指導者は国民融和を目指さずに、特定部族(=支持基盤)の利益を重んじ、他部族を敵視する。
つまり、「自分は被害者であり、相手が全て悪い。」という考えを以て、政治権力を巻き込むことによって、更に他部族との対立を激しくし、国内の分断が進んでいくという構造ができあがってしまっているのです。
その背景について渡辺氏は次のようにいっておられます。
グローバル化ー移民の流入など人口構成の変化、中間層の縮小、経済格差の拡大などーに伴う、人びとの居場所の喪失感や不安、そして怒りである。多くの民主主義国家で世論の分断状況が進み、欧米では反グローバリズムを掲げるナショナリズム勢力が擡頭し、人権、平等、民主主義、多文化主義などに基づくリベラルな国際秩序が揺らいでいる。そこに過激主義や陰謀論の付け入る余地がある。
いったいこれに対して我々に何ができるのか。
以前、当ブログで書きましたように、民族ごとの経済格差や権利の大小などが火種となりやすいので、内乱が起こりやすいのです。
このトライバリズムが起こす民主主義国家の魚爛土崩をどうやって食い止めればよいのか。
その答えは『白人ナショナリズム』にはかかれていません。
しかし、グローバル化によって差別意識やナショナリズムが高まっていったことを踏まえれば、是正しなければならない時代になったといえるのではないでしょうか。
そう考えると、トランプ大統領や白人ナショナリスト達のいっていることにも一理あるのかもしれません。
このままグローバル化を放置した先にあるのは、更なる差別や貧困しかないのであれば……。
終わりに
渡辺靖氏はあとがきにおいて、次のように書いておられます。
米社会の全てを人種問題に結びつけて考えないよう、過度に白人ナショナリズムを意識しないよう、自らをどう律し、制御するか。今回のテーマに関してはいつも以上に研究者としての立ち位置やバランス感覚が試されていた気がする。(中略)価値判断よりも分析を、評論よりも記述を重視した。
「評論よりも記述を重視」とあるように、この本では白人ナショナリズムの是非についてはあまりかかれていません。
納得する面もあるし、納得できない面もあるとだけかいたり、あるいは、価値判断をせずに、記述だけに止めている頁もあります。
読んでいてもどかしくもあるのですが、白人ナショナリズムへの是非は受け取った情報を基に、読者が考えていくしかないのです。
私がこの本を読み終え、記事を書いているうちに、アメリカでは白人警官の黒人への取り抑えが発端となり、大規模な示威運動が始まり、暴徒化した群衆が警察署を焼き払い、ユニクロやLouis Vuittonの服飾を強奪する事態にまで発展しています。
当然、コロナウィルスによる悪影響で、失業者が爆発的に増大し、社会不安や治安が悪化することは誰にでも予想はできていました。
あとは何らかのきっかけがあれば爆発するだけだったのでしょう。
まるで、去年流行った映画『ジョーカー』が現実になったかのようです。
こういった事態になってみますと、人々を治めるにはどうすればよいのか。
政治はいったい何ができるのかを考えざるを得ません。
今は対岸の火事ですが、将来、日本がこうならないと誰が断言できるでしょうか。
上記の記事を見ましょう。
5月29日に発表された4月の雇用統計によると、パートやアルバイトなど非正規労働者は2019万人となり、前年同月比で97万人減った。比較可能な2014年1月以降で下落幅は過去最大だ。新型コロナウイルス感染拡大による悪化が鮮明となった。一時的に仕事を休む休業者は約600万人に膨らみ、働く人の1割近い危機的な水準。
私ズンダは「日本だから大丈夫」というあやふやな意味不明な思考はもっておりません。
そういう自国への自惚れは、単なる思考停止にすぎず、今ある問題から目を背けているだけだからです。
ということで、また次の本でお会いしましょう。
ズンダでした。