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【感想】虐待を受けた人ほど、性体験が早くなるのはなぜか? 明和政子『ヒトの発達の謎を解く』(ちくま新書)【書評】

 

 子育てをしておられる方々、自分の子供が健康に育つことをお望みではないですか。
 今回、紹介する明和政子氏の本は赤ん坊がどのようにして成長していくかを科学的に解明していく本であります。

 

 

 

今回の記事で紹介するのは以下の二点です。
 

①なぜヒトの成長の仕方を学ぶ必要があるのか
②精神病には若い頃の虐待が関係している科学的な理由がある。

 

 では、見ていきましょう。

 

 

 第一に愛情が大事である理由

 

 動物実験による愛情の大切さ

 

 現在WHOは乳幼児の健やかな精神発達を「アタッチメント(愛着)理論」をもとにして捉えています。

 この「アタッチメント」はジョン・ボルウビィという学者が提唱しました。

 ボウルビィは身体発達にとって適切な食事が必要であると同時に子供が養育者(母親を指す)との間でアタッチメントを形成することが健康な精神にとって重要だと考えたそうです。

 

 我々も何処かで見聞きしたことのある考えですよね。
 親の、特に母親の愛情が子供の人格形成に大きな影響を与える、という文言を。

 

 実は今、この考え方に再考が求められています。

 

 親だけが子供に愛着を与えるわけではない

 

 

 というのも、ボウルビィは同時代にいきたハリー・ハーロウという人物が行ったアカゲザル代理母実験の影響を強く浮けていました。
 

 まず、生後すぐの子ザルに二種類の代理母を与えます。

 

 ①哺乳瓶を取り付けた針金 
 ②体温まで暖められた布
 
 このうちサルはどちらを選ぶかという実験でした。
 腹が減れば哺乳瓶から牛乳をのみますが、その後はずっと布に抱きついていたとのこと。

 このことからハーロウは「母親の温かな身体の触れあいこそが子供にとって必要である」ということを証明します。

 

 

 しかし、この実験には欠陥がありました。
 

 というのも他の霊長類すべてにこの傾向があるわけではなかったからです。

 

 たとえば、マーモセットという南米に棲息するサルがいます。
 彼らはアカゲザルとは異なり、父親が養育に関わり、出産後に子供を運搬する役割などを担います。
 兄や姉などもそれを手伝う。
 つまり、母親だけが子育てをしているわけではありません

 

 また、アフリカのアカや南米のアチェという狩猟採集で生計を樹てている部族がいます。
 彼らも複数で共同して養育します。母親がおもな養育者ではありますが、二〇名ぐらいの人物が関わり、子育てをします。
 子供はそのうち五名ほどにアタッチメントを感じるらしいのです。

 

 すなわちハーロウの考えていた母親だけが子育てに関わっているという実験に修正が求められるような多くの実例が出てきているということなのです。

 

 こういった多くの例外からWHOは再考を求められて、二十名あまりの科学者をあつめてクローズド会議を開催しました。
 

 このうち一人がこの本の著者である明和氏というわけです。 

 明和氏は自分の学んできた学問で以て、現代社会で起きている様々な問題をどうにかできないかと苦心しておられます。

 いじめ、不登校、不安障害、引きこもり、抑うつ、薬物依存症、自殺

 毎日聞かないことがないほどに、これらの話題で世の中はあふれかえっています。

 明和氏は

「ヒトの育ちにまつわる現代社会が抱える諸問題の背後には、ヒトが本来もつ特性と現代環境とのミスマッチが深く関わっている」

 

 という立場で論を進めると仰います。

 

 我々の身近にあるPCやスマートフォンによる影響。あるいはVRやARなどとよばれる拡張現実の世界。もう少し先に目を配ると現れるAIロボットとの交差。

 いつのまにか我々の暮らしはこういった科学技術の進歩に伴い、劇的な変化を遂げつつあります。

 

zunnda.hatenablog.com

 それなのにもかかわらず、昔ながらの「子育ての方法」だけで対応できるのでしょうか?
 
 それゆえ、明和氏はヒトがどのように成長していくのかをこの本のなかで縷々に説明しておられるのです。
 
 ちなみに人間の前頭分野(理性を司る部分)が完全に発達しきるのには二五年以上もかかるとか。
 大学を卒業しても、人は成長しているのです。
 

 そう考えると未成年に選挙権を与えることが決して良いことだとはいえませんね。
 それどころか二〇歳ですら早いのかもしれない。

 それまでは実は脳味噌は成長段階にあるのです。

 

 脳の発達を阻害された人はどうなるのか
 
 

 発達初期の重要性

 

 初期段階の脳の感受性期に受けた身体への影響は後の発達を左右するということはネズミなどの齧歯類をはじめとする動物実験でわかっているそうです。

 もちろん、これも人間に当てはまると考えられています。
 
 

 発達障害は遺伝的か否か

 

 そして近頃、話柄にあがりやすい発達障害自閉症スペクトラム統合失調症など)も幼少期にある環境の変化を強烈に受けたことによる可能性があることがわかっています。
 図をみてください。

 

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本書 P146

 

 

 横軸が「誕生」、「幼児期~思春期」、「成人」と成長にあわせて三段階あります。
 縦軸にシナプス(脳の神経間を飛び交う伝達物質。これが多いか少ないかで脳の情報量が異なる)がみえますね。

 自閉スペクトラムの人は胎児期からシナプス密度が一貫して高く、またシナプスの過剰形成と刈り込みが進む発達の仕方が異質です。
  
 統合失調症の脳では幼児期から思春期にかけてシナプス密度が低く、その後は過剰なシナプス刈り込みが起こるとかんがえられています。

 

 これは遺伝子変異ではなく、エピジェネティクスによって引き越される現象として説明されるのです。
 エピジェネティクス(epigenetics)とは次のようなことを指します。氏の本から引用します。

 

成育歴などの後天的、外的要因(経験)が、その個体や構造、認知機能や行動など)を多様に変化させる主体システムの存在

 

 

 要約すると、後天的な環境要因によって先天的な遺伝子が変化を生じさせられ、その人のもっていた性質を変えてしまうということです。
 あくまでたとえですが、「人一倍優しい遺伝子をもっていた」→後天的な影響の結果「人一倍きびしい人になった」ということをいうわけです。

 

 幼少期に虐待を受けた人の脳はどうなる?

 

 福井大学の友田明美博士を中心とする研究グループが、幼少期に身体的、精神的、性的虐待やネグレクトを受けて育った人たちについて研究しておられます。

 性的虐待を受けた人たちの脳を調べてみると、とんでもないことがわかりました。

 不適切な養育を経験した「年齢」によってダメージを与えられた脳部位が異なっていたのです。 
 
 

 

記憶や学習に関わる海馬がダメージを受けやすいのは3~5歳
脳梁が大きく萎縮するのは9~10歳

思考や推論、行動抑制に関わる前頭分野が影響を受けるのは14~16歳

 

 

 

 すなわち同じ性的虐待を受けたといっても、どの段階に受けたかにより、脳への影響が異なるということが判明しています。

 仮に3~5歳の頃に虐待を受ければ記憶力に問題が生じやすくなり、14~16歳の頃に虐待を受ければ行動抑制や思考が弱くなってしまうということなのですね。

 

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本書 P150

 

 更に同チームはアタッチメント障碍についても研究しております。
 

 つまり子供の頃に愛情をもって育てられたことがない人たちの話です。
 それによれば定型発達(特に虐待などがなく普通に成長すること)をした人たちと比べると次のようなことがわかりました。

 

・左半球の一時視覚野の容積二〇%以上も減少していた
 
・脳内に喜びや快楽、心地よさを喚起させる報酬系活動を司る部位の一つである線条体の活動が弱い。それゆえ普通の報酬を得ても満足できなくなり、薬物をはじめとする依存症に陥りやすい人になりがち。
 
 

 

 なんだか非常に悲しい結果ですよね。
 子供たちが悪いわけでもないのに、親や周りの友人関係などのせいで、虐待や虐めを受けたために定型発達が上手くいかず、異常をきたしてしまうというのは。
 

 しかし問題はこれだけではありません。

 
不適切な環境は「子供時代の終わり」を早めてしまう

 

 

 前にも書いたように人間の前頭葉は25歳ほどまで成長しつづけています。
 しかし、幼少期の感受性期に不適切な環境を経験すると、子供である期間が短縮されてしまい、思春期の開始が早まることがわかっています。

 これが「生殖機能を高める」ことにつながってしまいます。
 つまり、虐待などにより前頭分野の成長が阻害されることで、人は「早く大人になり、子供を育てなければならない」という本能的な部分を抑えることができなくなるのです。 

 

 これは人間の発達にとって、問題を引き起こします。

 というのも知能指数が高い子供ほど前頭分野の成熟がゆっくり進むということがアメリカの研究からわかっているからです。(P132)

 すなわち人間は他の動物たちと異なり、時間をかけて成長していくのですが、その成長の途中で「STOP」をかけられてしまうわけです。
 

 
 我々の国だけで考えてみても、人為的なものや天災などによって、子供時代にダメージを強く与えられてしまった人たちがその後、どうやって生きていけばいいのかについて深く思いを馳せなければいけないことに気がつくでしょう。

 定型発達してしまった人は気軽に考えがちですが、この明和氏の本を読むと「後天的にダメージを与えられた人が、普通の人と同じように生きていくことの難しさ」を思わずにはいられません。

 

 それ故に、明和氏も、早い段階で見つけて適切な補助や支援をしていく必要がある、という思いからこの本を記したようです。
 なぜならば彼女の子供も早産で産まれており、早産児は諸々の機能が普通に産まれた人と違うことがわかっているからです。

 

 そのとき、やはり問題になるのが「国の財源問題」だったりするのですが、当ブログでも取り上げたようにその問題は問題ではありません。

zunnda.hatenablog.com

 

 

 となれば、我々はこの『ヒトの発達の謎を解く』を読み、人それぞれの事情があるということを理解しなければならないでしょう。

 明和氏は次のように人の成長についてまとめておられます。図とともに説明します。
 人には人の成長の仕方がある。これを「連続性」という。

 更に、外部環境から与えられる影響がその人の成長に「多様性」を与えていく。

 この「連続性」と「多様性」こそがヒトの発達の見取り図だということです。
 

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同書P175



 

 終わりに
 

 この本は買いです。
 前回紹介した『痴漢外来』もそうですが、今月は新書に当たりが多いと思っています。
 非常に興奮しながら読むことができる本でした。
 特に虐待を受けた年齢により、反応する脳の部位が異なるというのは知りませんでした。
 また、前頭分野の成長が抑えられてしまうことで、本能的な欲求が高まり、生殖機能が昂進してしまうというのも頷ける内容でした。

 


 知識を連関させ想像する力をつけるということ-『痴漢外来』と組み合わせる
 

 


 →ここからは全くデータも何もない私の偏見なので、聞き流してもらって結構です。
 性体験が早かったり、高校時代に急に妊娠して学校を辞めたりする人というのは、もしかするとアタッチメント形成の阻害や虐待などを受けることで本能的欲求が強くなってしまった人なのではないか?という推測は許されないでしょうか。
 昔から家庭環境に問題のある人ほど、そういう経験が早いということは巷間伝えられてきたことだと思います。

 この本を読んで、そういった行動の裏にもアタッチメント形成の阻害と虐待などがあるのかもしれないと思いました。

 

 つまり、今までは「誰といつセックスをしようがそいつの勝手だろ」という言い方ができましたが、もし虐待やネグレクトなどと関係があるのならば、「勝手である」ですましていい話ではないということがわかります。

 たとえば、前回『痴漢外来』という本を紹介しました。

 

 

 この中で出てくる患者さんの実例のなかに女性で不特定多数の人と性的行為をもつことが好きでしょうがないという人の話がでてきます。

 

zunnda.hatenablog.com

 この女性は十代の頃、自分の父親に性的関係を迫られて、SEXを経験してしまいます。

 親との関係が悪くなることが嫌だった彼女は断れきれずに関係を持ち続けてしまいます。

 が、それと同時に自分の中で性的な気持ちよさがあることに気づいてしまい、結果、色んな男性とSEXをする依存症になってしまったのでした。

 

 この例なども、発達段階にあった前頭葉の成長が父親の性的虐待によって止められてしまったことにあるように思われます。

 

 本書を読んだ私は、

 彼女に対して、依存症や親の性的虐待による被害者というだけではなく、脳にダメージを与えられてしまった事例としてもみることができるようになりました。

 こうして科学的な知見が加わることで更に、相手を理解できるようになっていく。

 それが、相手を思いやったり同情したりする礎になります。

 こうして、その人の「自己責任」などではないと気づけるようになり、公共的な支援や補助が必要だと思えるようになるのです。