男が子育てについて書いたり、講演をしたりすると、「子育ての苦労も知らないで勝手なことばかり」と、批判の声をあげる女性が必ずいる。そこでうちの事情を説明すると、「そうだったんですか」と納得してくれる。つい先日も、そのようなことがあった。 だから最初に打ち明けておくと、私は子連れ出勤を含めて、かなり子育てに携わってきた。父親になったのは1989年で、「自分のことで精一杯だから子どもはいらない」という配偶者を説得して産んでもらった。だから、子育ては積極的にやっていくつもりだったし、実際に世間の多くの父親と比べたら、かなり子育てに携わってきたと思う。
今回紹介する本は教育心理学者である榎本博明『イクメンの罠』(新潮新書)です。
この本は昨今いわれている
「イクメン」の危険性について警鐘を鳴らした本です。
男性は子育てに参加しないという批判が多い。
確かに男性の育休だけをみれば、そうだといえるでしょう。
しかしそもそも、男性が女性と「同じやり方で子供と接する」のは正しいのでしょうか?
そして、男性にそんなことができるのでしょうか?
この本に書かれているのは「男親、女親の役割は違う」ということです。
では、本書をみていきましょう。
イクメンを広めた長妻昭厚労働大臣
子供を育てるのは《楽しいこと》なのだろうか?
イクメンは、2010年1月に長妻昭厚生労働大臣(当時)が、「イクメン、家事メンをはやらせたい」と発言したのがきっかけで広まったという。同年6月には改正育児・介護休業法が施行され、男性の育児休業が促されるようになったことを受け、厚労省はイクメンプロジェクトを発足させた。
時は民主党政権時、長妻大臣がイクメンという言葉を発し、それがメディアでとりあげられるようになり、みるみる内に男が育児参加を積極的にする「イクメン」なる用語が流行ります。
この当時の資料によると、イクメンとは次のような意味で使われたとのこと。
「イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男のこと」をコンセプトに、社会にその意義を訴えてまいります。(厚生労働省HP「報道発表資料」2010年6月 14 日)
これに対して本書の著者である榎本氏は「子育ては楽しいものではない」と一刀両断の下に切り捨てています。
子供を作り、育てることがどれだけ大変なのか。親になったことのある人ならば誰でも知っていることでしょう。
それにもかかわらず、国の大臣がこの程度の見識では困る、といっておられます。
男性は家庭から必要とされなくなってきているという事実
ベネッセによる調査では、男性が自信喪失に陥り、自分が妻に必要とされていないのではないかという項目が増加していることがわかっています。
0~6歳の乳幼児を育てる父親に聞いたところ、「自分は妻に必要とされている」と自覚している父親の比率は 77・6%(2014年)だった(ベネッセ教育総合研究所)。じつはこの数値は 91・2%(2005年)、 81・5%(2009年)、というように徐々に低下傾向にある。
育児に参加している男性は増えているのにもかかわらず、女性が求めていることに応えられない男性が多いのではないか?
それゆえに榎本氏は「男性が女性と同じように育児に関わることは間違っているのではないか」を考えるようになったといいます。
育児に熱心な父親が、母親がするようにぴったり子どもに張り付き、かいがいしく世話をする──そうなると、いったい誰が父性機能を発揮するのだろうか。
父性と母性が子育てには必要である
ここで鍵語になるのは「父性」と「母性」です。
つまり、男性と女性とが性別によって異なる要素をもっており、その要素を生かして子育てをすべきだというのです。
榎本氏は様々な学者の言を援用し、自身の論を補説していきます。
一気に紹介しましょう。
教育学者、宮澤康人は「性別の違いによる子育ての違いはあるだろう」と述べ、精神分析学の佐々木孝次も同じく「父親と母親の役割の違いがある」といっており、
また、
宗教心理学者の松本滋は「父親というものは、自然的存在ではなく、文化的・社会的存在なのである。母親が、あるがままのものを無条件に受け容れ包む存在であるのに対し、父親は、あるべき筋道、文化的・社会的規範を代表し、それに子どもが従うことを要求する存在である。また父親は、母性的な『内的空間』(母胎、家庭、部族等)を超えた『外的空間』(外、荒野、フロンティア)と述べています。
霊長類学者の山極寿一も
「人類の文化は父親という社会的存在を創造することによって、家族というたくましい社会単位をつくり上げた」(『父という余分なもの──サルに探る文明の起源』新潮文庫)というふうに記しています。
つまり、様々な人間に関して洞察をしている学者達の発言は次のようにまとめられます。
父親=子供を社会的な存在へと導く
母親=子供を優しさで包み込み、心を安定させる
この社会的な部分というのは父親に求められていることなのです。
父親がイクメンになるとどんな悪影響がでてくるのか?
いじめを見逃す子供や社会性の欠如した子供になってしまう
いじめを傍観する子供達がいます。
彼らの生活環境はいったいどういうものなのでしょうか?
発達心理学者の正高信男はいじめが報告されている中学校とそうでない中学校の2、3年生1000人ほどを対象にしてアンケート調査を行いました。
すると以下のことが判明したのです。
「父親がいつも家で働いているかどうかを尋ねたところ、イジメを止める、傍観しないという生徒では 72 パーセントが『家で働いている』と答えています。それがイジメを傍観する生徒では、父親が家で働いているのは 43 パーセントに過ぎません。 極端にいえば、イジメを傍観する生徒の家庭は、いわゆるサラリーマン家庭である確率がより高いということです」(同前) では、母親の就労状況との関係についてはどうか。こちらも非常にはっきりした違いが見られた。いじめを傍観する生徒の家庭では専業主婦の割合が高く、反対に自営業や農林漁業など母親も父親と一緒に働いているような家庭では子どもがいじめの傍観者になる比率が「わりあいに低い」ということがわかった
すなわち、父親が関与する時間がある子供ほど、いじめを傍観しないという結果がでたのです。
要は父性に触れる機会がある子供ほど、社会正義を身につけやすいといえるわけです。
また次の小一プロブレムと呼ばれるような問題も父性との関係性があるといいます。
気持ちのコントロールができない子供達
文部科学省が2020年 10 月に公表した「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」(2019年度分)では、小学校から高校までの児童・生徒による暴力行為発生件数、不登校の児童・生徒の割合、いじめ認知件数が前年度を上回り、増加傾向が続いている。 注目すべきは小学校での暴力行為発生件数が過去最高の4万3614件(前年比1・2倍)となり、2年連続で、中学校での発生件数を上回ったことだ。 じつは2011年までは、小学校での発生件数は、中学はもとより高校よりもはるかに少なかったのである。そして中学での発生件数が飛び抜けて多かった。ところが、2012年から小学校での発生件数が急激に増え始め、ついに2013年に高校を抜き、その後も急増し続けて、とうとう2018年には中学校を抜き、2019年には高校の6・6倍となっている。
というように、ここ十年で小学生による暴行事件が大幅に増えており、以前問題視されていた思春期を迎える中学生による暴行件数を上回っているのです。
これを気軽に「イクメンによる責任」とまではいってはおられませんが、榎本氏の論では子供の非認知能力が問題だといっておられます。
忍耐力や自己抑制力のことをさす。学力以外の部分。この力が弱い人は、目の前の誘惑にのっかりやすく、持久力がなく、世の中で大成しづらい人間になるといわれている。
一方で、非認知能力という指標を評価しすぎることは危険であると訴えている人物もいる。森口 佑介『子どもの発達格差 将来を左右する要因は何か』(PHP新書)を読んでもらいたい。論文を中心に書かれた手堅い本であり、本書よりも論証の点においてしっかりしているのでおすすめできる。
この非認知能力が育っていないことが、暴行事件と関係しており、その能力は父親が子供と遊ぶことによって伸ばすことができるといっておられます。
これは心理学的研究でも明らかであり、、非認知能力には大切だというのです。
終わりに
父親と母親は違う。
こんなことをいうためにわざわざ一冊の本が書かれなければならない。
そんな時代になりました。
私たちは男女平等と習い、その結果、男と女には差異がないという考えをもつように仕向けられました。
しかし、実際はどうなのか?
それは科学的に正しいのだろうか?
そんな疑問を持つ方々も多くおられると思います。
この本は新潮新書らしく、主義主張を前面に押し出しており、論文等による下支えが足らなく感じる本です。
そのため、読んでいると「○○と△△との関係性がよくわからないな」というふうになりがちです。
これは新潮新書という簡便な新書ゆえというのもありますし、著者の性格によるもの、あるいは主張内容が実証しづらいというのもあるでしょう。
一方で、どんな本にも知らないことがかいてあるように、本書で書かれた江戸時代の教育書や各種調査による父親の尊厳の低下などは、実に興味深いものでした。
世の中には父親として、子供にどう振る舞っていけばいいのかわからない、という人たちが多いと思います。
ニュース番組や雑誌などを読んでいると「父親とは母親の手伝いをするものでしかない」というように語られており、男親としての独自性については触れられてはいません。
この本はそういったイクメン流行に対して警告している本であり、男親として「何をすればいいのか?」と思っておられる方々の指針になるような本です。
ぜひ、子育てで悩んでおられる方には手に取って貰いたいですね。
では、またお会いしましょう。
ズンダでした。
↓教育について今まで数多くの本を紹介してきました。
皆さんにもぜひ読んでいただきたいです。